いまここに、あるもので

わざわざ要らないものを遠くから持ってくることないよね

マネーと共に生きる その2 「愛はお金で買えない」と思っている人に足りない視点

愛はお金で買えます。

倫理的、法的には間違っているかも知れませんが、

経済学的に思考すると可能です。

 

買いたい人(需要)と売りたい人(供給)がいて、

両者の欲望が一致すれば、

どんなモノでも売買は可能です。

 

愛を買いたい人と愛を売りたい人がいて、

両者の間で契約が成立すれば、

そこで市場が生まれる、それだけのことです。

 

億万長者の奥さんは、趣味のいい悪い別にして、95%が美人です。

別にいいと思います。

 

しかし買いたい人(需要)、売りたい人(供給)どちらかが欠けている場合、

市場は生まれません。

 

買いたい人(需要)が居ない、という状況は考えにくい。

うんこだって購入したい人がいます。

他人から見たらゴミでも欲しがる人は居ます。

 

売りたい人(供給)が居ない、という状況はありえます。

 

お金で買えないモノは、無いものです。

存在しないモノ。

 

存在しないから、売ることが出来ず、買うことが出来ない。

 

例えば、

ルー・リードの新譜、緒方拳主演の新作映画のチケットなど。

・デッドストックの何か、もう生産していないもの

・絶滅した動植物

・枯渇した資源

 

もし鳥インフルエンザで世界中の鶏が始末され、地球から一羽も居なくなったら、

鶏卵は500円出しても、100万円出しても、1億円出しても、買えない。

(代わりの鳥の卵はあるかもですが)

 

お金よりも大事なのは、愛ではなく資源です。

 

「お金で愛は買えない」という人は、

お金は無限だけど、資源は有限』という視点が欠けています。

 

現時点で、お金は無尽蔵に作られています。

ねずみ講のようにお金がお金を生み、増殖しています。

 

そうした世界にいると、資源も無限であるかのような錯覚に陥ります。

マネーの動きに全てが連動するような錯覚です。

 

永遠に綺麗で居続けようとする美魔女と呼ばれるおばさん達。

永遠に経済成長を続けようとする困ったおじさん達。

"Forever 21(永遠に21歳、青春でいよう)"という名のファッションメーカー。

 

彼らはマネーを模倣しているようにも見えます。

 

もしマネーの供給量が有限だったら、どうなるでしょう。

一年に国が発行してよい上限が決まっていたら。。。?

 

地球にあるお金の総量は、一説によれば17京円を超えるらしいです。

それは地球の価格でもあります。

 

マネーが増えるほど、地球の値段は上がっていきます。

そしてマネーの価値は下がって生きます。

マネーと共に生きる その1 ジョニー・デップが稼いだ55億円は資産か負債か

マネーと共に生きる、というタイトルは不思議な響きかも知れません。

自然と共に生きる、というタイトルならありがちです。

 

でも昔の人々、里山に住み、天狗やお稲荷さんを本気で怖がっていた日本人達は、

自然と共に生きるなんて考えもしなかったでしょう。

彼らは自然と一体化し依存していたからです。

 

同じように現代の私達、都市に暮らし、資源とエネルギーを全てお金で購入している人間は、マネーと共に生きるという発想に違和感を覚えます。

あまりにもマネーに依存しているからです。

 

私は、自給自足、地域通貨、交換経済全て魅力的だと思いますが、

かといってマネー不要とは考えていません。

社会を支える一要素として、マネーはよい働きをしてくれると思います。

だから上手く付き合い、賢く利用する方法を思考するのは大事です。

 

貨幣でもなくお金でもなく、マネーと呼ぶのはそれが一番しっくりくるから。

今の段階ではきちんと説明できません。

 

ジョニー・デップと破産

 

今月こんな哀しいニュースが。

 

 

ジョニー・デップ大好きな俳優でした。

今も好きだけど、崩れ具合といい再婚相手の女優といい、いい感じではないです。

 

私が好きなジョニー主演の映画はほとんどが90年代作品。

 

ギルバート・グレイプ


What's Eating Gilbert Grape Trailer

あらすじ:ド田舎で家族(超肥満の母親と自殺した父、知的障害の弟)の世話するだけの人生。そこにトレーラーハウスでボヘミアン少女がやってくる。

注目ポイント:ジョニーが主人公のギルバート。弟はディカプリオ、ヒロインはジュリエット・ルイス。3人とも黄金期。ギルバートが優しすぎて泣ける。

 

妹の恋人


Benny And Joon Trailer 1993

あらすじ:両親が死んでから、障害(多分アスペルガー)を持った妹と二人暮らしの主人公。そこにバスター・キートンの真似だけが異常に上手い居候(多分アスペルガー)がやってくる。

注目ポイント:ジョニーは居候役。大道芸が上手い。これもハマリ役。ラストシーンが可愛くて好き。

 

エド・ウッド

 


Ed Wood Trailer and iPhone 4 and iPhone 5 Case

あらすじ:史上最低の映画監督と呼ばれるエド・ウッド。超低予算とちゃちいセットでせっせと映画を作る彼の周りに集まるのも変な人達ばかり。でも皆なんだか幸せ♪

注目ポイント:実在した監督らしい。モノクロ映像が美しいです。「パーフェクト!」しか言わない監督だが、どこから見ても何が良いのか誰も分からない。

 

ジョニー・デップが世界で最も稼ぐ俳優になる、なんて20年前は誰も予想していなかった!

 

彼が演じるのはいつも社会に溶け込めないけど、わけのわからん情熱をもってる愛すべきルーザーloserで、大作よりも監督の世界観を大事にした小作を選んでいたからです。

 

だから『パイレーツ~』シリーズに出演するなんて、最初はかなり意外でした。

でもインタビューで

「自分の子供達が純粋に楽しんでくれてとても嬉しい。自分のこだわりなんてそんなに大事じゃない」

と言っているのを読んで、やっぱり凄くいい人なんだなと感じました。

 

◎アメリカ、ハリウッド、過剰

ジョニー・デップは、本人が予想するよりも遥かに多いマネーを抱え込むようになったんではないでしょうか。

 

年収55億円て・・・。

そりゃ世界のスターですけど、ただ俳優として役を演じるだけでこの金額は妥当なんでしょうか。

一人の人間が持つべき量のマネーなのでしょうか。

 

それだけ手にしたら、もう一般の住宅に住むことは出来ません。

子供を地元の学校に入れることも、近くの公園で遊ばせることも出来ません。

 

55億円とは、ジョニーが背負う負荷の金額でもあります。

 

安全という資産を買うとも言えますが、危険という負債を背負っていえないでしょうか。

 

その負荷に押しつぶされてしまったんだろうと思います。

でもそこが人間臭くて嫌いになれない部分です。

 

◎マネーと共に生きるには

通常、マネーはあるだけあればよいと考えがちです。

それが資産(簿記的に言えば借方)だから。

でももしかしたらそれは負債(貸方)になり得るかも分からない。

 

そこにマネーの闇があると思います。

労働から活動へ、消費から生産へ、利益から恩恵へ

ブログの説明を変更してみました。

 

以前の説明は、

「出来るだけ労働しない」というattitudeは"Rebel"として認定されないだろか。

"Rebel"とは対抗や反抗という意味です。

積極的に何かをしないという姿勢が、対抗になったら面白いと思って付けた説明でした。

それは文脈が変わることに通じると思います。

 

文脈と共に、価値の比重が変わる予感があります。

 

労働から活動へ、消費から生産へ、利益から恩恵へ

 

経済活動から、社会活動へ

消費する欲望から、生産する欲望へ

利益を取り合う関係から、恩恵を共有する関係へ

 

スローガン的で具体性は欠けるものですが、イメージやビジョンは大事です。

 

散々イメージの弊害について書きましたが、ここでのイメージは能動的なもの。

受動的なイメージは、沼から引き上げられた粗大ゴミのような重さを持ちます。

それとは真逆の、軽やかで美しいイメージ。

男性受難の時代 その6 父権をアイデンティティにするのは危険

勝手にシリーズ化していますが、アクセス数を見るとこのテーマ人気なのでしょうか。

 

田中俊之さんという学者さんと『男性学』が注目されているようです。

 


フェミニズム女性学)よりも、彼の意見の方が共感を覚えます。

もしかしたら、女性よりも男性を解放する方が重要なのかも知れません。

それは父権からの解放です。

 

ファイトクラブ』という20世紀ハリウッドの名作があります。

私が定期的に鑑賞してしまう作品の一つです。

 

ダメサラリーマンだった主人公が、謎の男タイラー・ダーデンと出会い、

男としての野生を取り戻していく物語です。

タイラーは、自由でワイルド、カリスマ性があり抜け目無く、体力・精力共に抜群です。

つまり主人公と正反対の完璧な男として描かれます。

 

<ネタバレあり! 未見の人は見ない方がいいかも>

しかし、タイラーとは主人公の別人格(Alter Egoオルターエゴ)に過ぎなかったんです。

もう一人の自分が愛する女性と世界を危険に晒そうとしていることに気づいた主人公は、彼を銃で撃ちます。つまり、自分自身を撃つんです。

 

ファイトクラブ』は消費主義、資本主義社会へのアンチテーゼと見なされます。

でもそれ以上に父権社会へのアンチテーゼです。

 

消費主義からの解放だけでなく、タイラー(理想の男)から解放されること。

それが本当のテーマだと私は思っています。以下以前にも記しました。

 

 


更に『ファイトクラブ』が画期的なところは神話を塗りかえているところです。

 

「父殺し」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

息子が父を殺すという、神話の型(スタイル)です。

 

偉大な父を倒して、偉大な父を超える。

スター・ウォーズ』がそのいい例です。男性陣に人気ありますよね。

ヒーローものや冒険者はそのパターンにあてはまるものが多いでしょう。

 

ファイトクラブ』の主人公は母子家庭で育っており、偉大な父親がいません。

代わりにそのイメージを胸の裡に持っています。

 

ジェネレーションX(1970年前後)世代ですから、広告やメディアからイメージを与えられます。

若き日のクリント・イーストウッド(『ダーティハリー』は私の父も大好きでした笑)のような、自由でワイルドな男のイメージが幼い彼らの脳裏に焼きつきます。

 

何度も何度も。

 

その完成形の一つがタイラー・ダーデンなのです。

主人公は、映画のラストでタイラーを倒すわけではありません。

タイラーは彼の中にあるイメージに過ぎないから。

 

そのイメージを消滅させ、そこから解放されるのです。

やっと平安が訪れます。本当の自分自身で愛するマーラと対峙します。

 

しかし二人がいるビルは爆発してしまう。

クレジット(債務)の履歴を全部消して、消費主義を滅亡させるためだけではない。

タイラーは主人公のアイデンティティ、最後の支えでもあるのです。

 

強く偉大な父になることから解放されても、他の生きかたが分からない。

だから愛する人と共に吹っ飛ぶことを選択した。

と私は解釈しています。

 

私の周囲にいる男性は、年下(80年代生まれ以降)と年上(70年代生まれ以前)で、

生きかたも考え方も全く違います。

 

80年代以降は大分楽そうです。

奥さんや彼女が年上で、双子のように付き合っている男性は特に楽そう。

恰好も気にしないし、料理も好き。

 

70年代以前生まれは何だか辛そうです。

どうしていいのか分からない、という人も多いのではないかと思います。

稼ぐ=男の甲斐性という発想の人が多く、癒されたい願望が強い。

(癒されるのは、帰属する共同体から独立しないためだと思います)

年齢や肩書きが気になり、女性というだけで優しくしてくれたりする。

 

後者の人達がまさに「結婚して男としての責任を全うする」タイプなのですが、

その価値観をいつまで持ち続け、息子に手渡すのだろうかと勝手に心配しています。

 

父権は消費社会に利用されているからです。

稼げないと男じゃない。

一国一城(もうギャクとしか思えないですよ)の主になるために不動産を購入しなければならない。

家族4人以上乗れる車を購入しなければならない。

子供二人を大学まで出す教育費を稼がなければならない。

家族全員を食わせ続けなければならない。

 

男性として産まれるだけで、父権を成立させるためだけで、億単位稼がなきゃならないんですよ!!

キラキラ女子だの美魔女だのってせいぜい数百万でしょ、美容費。

ケタが違うんです。

 

更に田中俊之さんが言うように、イクメン&家事もしなきゃいけないなんて!

ロボットになった方がいいくらいです。

 

70年代以前生まれの男性が結婚するときに問題なのが、相手の私達女性もほとんどが、

父権信仰(養ってもらうこと前提)が強いことです。

「男は働いてもらわないと」

「男でフリーターはやっぱきついよね」

私の周囲の比較的リベラルな女性もぽろっとそういうことを言います。

 

70年代男子はきついと思います。

でも周囲に流されて父権をアイデンティティに設定してしまうと、これからもっときつくなると思います。

 

どうしたらいいのか全く分からないんですけれども。

違和感や辛さを感じたときは、それが文化的現象であり個人のせいではないことを思い出すといいと思います。

(誰も相談していませんが)

 

父権のイメージで得してるのは、ワンボックスカーを売る自動車会社、マイホームを売る不動産業界、キャンプ用品の会社、後は結婚式とか成人式周りの業界でしょうね。

彼等は父権が消滅すると大きな市場を失うので、可能な限りイメージを存続させようとするでしょう。

男性受難の時代 その5 責任と男気の嘘

最近気づいたこと。

 

私は結婚したくない訳ではなく、結婚が要らないだけだということ。

なくても全く困らないです。

現金含む資産があるほうがいいです。

 

◎結婚は責任?

しかし『結婚してこそ一人前』と考える人達はまだまだ沢山います。

プラス『結婚することで男として責任を取ることが重要』と考える人達も多いのです。

 

私はこの責任に何に対して負うものなのかが全く理解できず、

この文句を耳にする度にぽかんとしてしまいます。

 

私は自由恋愛しかしたことがありません。

脅迫や誘拐によって交際を強要されたことがありません。

互いの自由意志で恋愛しているので、いつでもどちらからでも別れが切り出せる関係です。

そこに何の責任が発生するのでしょうか。

責任は男女間ではなく、親子間(庇護関係)において発生するものです。

 

どうしても責任をとりたい(?)というなら、資産を分与してもらえる方が有り難いです。

私は結婚することで何の責任も取りたくないですから。

 

パスポートの変更手続きも面倒臭いです。去年変えたばっかりだし。

 

◎賢い男性と男気

 


年収2000万の夫が専業主婦になることを反対する、という投稿が少し話題になりました。

詳細はわかりませんが、この旦那さんに私は好感をもちました。

 

まず、奥さんの仕事や年収を全く軽んじず、パートナーとして意見を言っています。

次に、結婚後に奥さんが彼の年収を知ったということは、彼のお金の使い方が堅実であることを示唆しています。

 

年収2000万というと全男性の1%以下でしょう。ストレスも責任も大変なものに違いありません。

でも地に足が着いている印象を受けます。

奥さんにしたアドバイスも地道だと思います。

 

きっと彼は、現時点で収入があるからというだけの理由で安易に仕事を辞めること、に反対なのでしょう。奥さん側にビジョンや目標があれば辞職に反対しないと思います。

 

しかしこの姿勢を『男気がない』と評する人もいるようです。

 

「俺が全部面倒見てやる! なーに心配するな、俺についてこーい!!」

そういう時代劇に出てくる江戸っ子みたいな人が男気がある人なんでしょうか。

 

果たしてこの先本当に全部男性が彼女の面倒を見れるんでしょうか。

離婚、死別、倒産、地震など。それら全てが起こらないという前提で生きている男性は頼りになるでしょうか。

 

今そしてこれからは、賢く頼りになる男性ほど、『男気ある』発言や態度を易々としないでしょう。彼らはそれが不可能に近いこと、ただの気休めにしか過ぎないこと、誠実さに欠けることを知っているからです。

 

でも年寄り陣からは「男としてどーの」と文句を言われるでしょう。

だから女性の方から、

「男気も責任も全く必要ありません。誰も得をしませんから」

というべきだと私は思っています。

 

ウェディング業界くらいですよ、得するのは。

 

随分前の番組のようですが。


❤結婚できない婚活女子の問題は収入への高望みだけではなかったとの結論に

 

最後のほうで阿川佐和子が「最近の男はだらしない」と言うのですが、

その考えこそが諸悪の権化です。

昔の「俺に任せろ」は翻訳すると「俺を庇護している株式会社と日本国家、高度成長期とバブル経済に任せろ」です。

会社と国家と時代がサポートしてくれてたら、誰でも任せろと言えるでしょうね。

なぜ自己評価が低いのか? それは出来るだけ自信が付かないように教育されているから。

下の拙記事がちょくちょく読まれているようです。

 

 

承認欲求の強さは、自己評価の高さと反比例しています。

自分に自信が持てないから誰かに認めて欲しいという想いです。

アイデンティティが確立していない十代の人ならまだしも

成人男女の承認欲求が高いのはなぜでしょう。

どうして自己評価が低い人が多いのでしょう。

 

20代の友人達は与えられたイメージに苦しんでいると感じます。

でもそれは彼らだけじゃない。

かつては不惑と呼ばれた40歳前後の経済的には自立した男女ですら同じです。

 

◎ブログ『会社を辞めてこうなった』

 

http://ananweb.jp/column/sanfrancisco/25676/

 

このブログのライターさん(37歳)は人気雑誌での仕事を辞め、

40歳を前にして英語取得のために渡米します。

その決断はとても素晴らしいし勇気が要ること!。私は大賛成です。

 

なのに、他人からの些細な言動で彼女は劣等感にさいなまれ続けるのです。

例えばこの回。

高校生と一緒に授業を受ける彼女に向かって、無神経な老婆が一言。

「貴方、子供も産まずに何してるの?!」

その一言が彼女を激しく動揺させる。

 

"It is not your business, bi*ch, this is my life!"

(ばばあお前に関係ねーだろ! 私の人生なんだから)

と言えたらどんなに気持ちよいでしょうね。でも言えない。

 

優秀なキャリアウーマンから、一瞬にして思春期の不安な女の子に戻ってしまうんです。

 

そしてつい先日、私の知人女性が自身の自己評価の低さを吐露していました。

とても辛そうでした。

彼女に対して穏やかで安定した女性という印象しか持っていなかったので、とても驚きました。

 

◎自己評価の低い人間を作るにはどうしたらいいか。

 

私達はみんな、出来るだけ自信が付かないように教育されているのではないだろうか。

その問いが頭に浮かびました。

 

自己評価の低い人間はどうしたら出来るでしょうか。

一方的に成功と正解のイメージを与え、それ以外は否定し続ける。

ではないでしょうか。

学校でも会社でも社会でも、ひたすらイメージが与えられ続けています。

 

昔の40歳が不惑と呼ばれたのは、

イメージ浴びる機会が今より圧倒的に少なかったからでしょう。

 

 


この記事を書いたのも40歳前後の女性です。

 

産めよ増やせよ働け育てよ家事せよ介護せよ」

これらのイメージを鵜呑みにすると、寝食の時間も取れなくなってしまいます。

 

もっと怖いのは、忙しすぎて視野が狭くなり、寛容さがなくなり、更に煽りに弱くなること。

つまり自己評価がもっと低下するんです。

 

完全な女性に近づくほどに満たされなくなる。

何かの末期中毒みたいです。

 

拙ブログ『承認欲求とドロップアウト』は未熟ながらなかなかいい視点だと思います。

完全さを放棄することで、自己評価の罠から自由になれるかも知れません。

 

自己評価が低いのは本人の弱さや能力の低さとはそれほど関係ないと思います。

教育、習慣、環境など外的要因の賜物です。

だから気にする必要もありません。

 

何より、自己評価が低い人間は、モノを売りたい側にとって、理想的なお客様です。

2016年の良かった変化 よりゆっくりそして深く。

昨年同様の内容で備忘録をつけていたのが助かったので、今年も。

 

slowinputslowoutput.hatenablog.com

 

  • 一軒家に引越しをしたこと

タイミングが重なり、庭付き一軒家でルームシェアすることになりました。

平屋のささやかな家で、最寄の駅から歩いて20分程度。

 

◎固定費が以前の6割になりました。何というかこれで生活できることに驚きです。

 

以前 一月約55,000円

家賃 48,000円

電気 約1,000円

ガス 約1,000円

水道 2,000円

通信費 約3,000円

 

現在 約35,000円

家賃 27,750円

電気 約1,000円

ガス 約1,000円

水道 1,000円

通信費 約4,000円

 

家賃が半額近くに下がったのが大きいです。元々安かったのに。

 

加えて固定費は下がりましたが、生活の質はかなり向上しています。

 

電気・ガス・水道は単身より複数で暮らした方がお得です。

料理も沢山するようになりました。食べてくれる人がいると嬉しいです。

防犯面でも誰かと住むのは心強いです。

 

そして庭!

こちらもささやかですが、野菜やハーブを育てています。

虫食いだらけのカブの葉、段々と赤くなるトマト、小ぶりなほうれん草などなど。

積み立てをちゃちゃっと洗って齧る。

これが名産地のブランド野菜よりずっと美味しいのです。

土と太陽のエネルギーをそのまま吸収している感覚です。

 

そして生ゴミは米ぬかをまぶして一次発酵させ、土に戻します。

越してから生ゴミは出していません。

近くの木々の落ち葉や枯れ枝を腐葉土に仕込んだり。

自分の体を通してエネルギーが循環しているのが感じられます。

 

  • 東京アーバンカルチャーに関われたこと

西海岸エリアでパーマカルチャー(詳細は下)を実践する人々に会って、

そして日本でも実践したいという人々に会って、

世界との関わり方が変わりました。

 

 

 

◎うんこは資源、ゴミは存在しない

最も大きな変化は排泄物に対する視点。

うんこもおしっこも綺麗な水で流してしまうのが、今は(3つとも)勿体無いと感じます。

 

肥料に市販の牛糞や鶏糞を使うより、何を食べているか分かっている人の糞。

おしっこも薄めれば窒素として野菜の養分になるんです。

 

今すぐに実行するのは難しいですが、、、考え中です。

ラダックでコンポストトイレに引きまくっていたのが1年半前。

恐るべき進歩(原始人への退化?)です。

 

◎20代の若い人達との出会い

一回り以上も下の人達とフラットに交流出来るなんて思ってもいませんでした。

 

末っ子でいつも一番年下だった私。

部活や会社、サークルなどに長期間在籍したことがなく、先輩後輩という関係が分かりません。

更にただぷらぷらしているおばさんですから、人生の先輩ですらなく恰好つけようがない。

だから個人対個人として接しています。

 

彼女達は不思議で、見たことがない種のような存在です。

でも種であることは確かで、いい芽を出してくれそうな、

可愛らしいでもぎゅっと詰った種です。

 

気になるのは、誰もが少し不安げで自分自身を過小評価しているように見えること。

それは彼女達だけではないのでしょう。

私自身の反映であるかもしれません。

 

という訳で1年が終わって、不安や恐怖がまた減ってしまいました。

中年で、独身で、半非正規半無職で、貯金も数十万円なんですけどね。

好きなことを好きなときにする生活です。

不安と恐怖は「与えられたイメージ」から産まれる。だから実体がない。

 

自分より10歳以上若い人達と接すると、

昔の自分を外側から眺めているような気分になることがあります。

部分的に、ですけど。

 

昔は自分を内側からしか眺められなかった。

だから今の体験は新しく貴重です。

 

続きを読む

『よい条件で生きる』より『うまく生きる』方が賢い @30代後半の私の選択

感度がいい20代でさえ古(いにしえ)の価値観で生きてるのですから、

30代私たちは男女関係なく余計にそうでしょう。

 

ところで私は独身、彼氏はいますが結婚の予定はありません。

そして彼氏の有無に関係なく、婚活の集いみたいなのに行く気は皆無です。

 

理由は、自分に高値がつかない(需要がない)市場に出ても意味がないから

 

我ながら身も蓋もない言い方ですが、自虐でも悲観的な訳でもありません。

一般的な婚活市場は、男性は年収・女性は年齢が最重要の条件です。

35歳以上の女性=年収250万の男性 という等式も聞いたことがあります。

残酷だけれどそれは現実なんです。

 

どんなに美男美女でも、料理が上手くても、DIYが得意で家を作れても、19ヶ国語喋れても、性格が抜群によくても、博学でも、

35歳以上の女性と年収250万の男性はその市場で需要がほとんどないのです。

 

でも逆に、需要がないから魅力的な人や自分が好きなタイプの人がそこに埋もれていることもあります。そしていた場合、競争率は比較的低いんですよ。

 

また私の彼は子持ちです。出会った時分から知ってたので特に何とも思いませんでしたが、もしこれが友人の紹介や婚活サイトだったらどうでしょう。

 

条件を先に聞いた場合、本人に出会おうとさえ思わなかったかも知れません。

でも本人に先に会えば、条件はそんなに気になりません。

 

本当は条件ってそんなものです。

条件に振り回され過ぎな人が多過ぎる。

 

いまだに「旦那さんになる人は年収600万以上はあって欲しい」「家庭に入って早く子供を産みたい」という同世代の友人がいます。

 

信頼出来るパートナーを希望することは現実的なのだけれど、条件とイメージが現実的ではない。


600万稼いでも手取りは500万程度で、今後も下がるでしょう。

サラリーマンの夫に専業主婦の妻というスタイルは、経済的にも不可能でしょう。

子供欲しいなら今すぐ作らないと厳しいでしょう。

 

という超現実的な意見をズバズバ言えたらいいのですが、無邪気な人なのでいいづらいのが心境です。

 

しかし彼女の思考に近い独身の中年女性はかなり沢山いるのだと思います。それがここ1年くらいでわかってきました。

ごくごく単純に自分が育った家庭の遣り方をなぞりたいだけなんでしょうけど。


怖がり過ぎて自分で思考することが出来ないのだと思います。

 

実際は、年収200とか300万の男性の中に、かなりサバイバル能力が高い者も含まれているはずです。だからそこからパートナーを探す、というのはなかなか高度な戦略だと思うんですけどね。


勝手な推測ですが、80年代以降に生まれた男性にそういうタイプが割といるんじゃないかと。

70年代生まれの男性はより父権的な価値観で育ち競争してきたため、一歩引いて上手く生きることが苦手なんじゃなかろうか。

 

近年私が「うまく生きてるなあ」と感心したのがこれ、山奥ニート

 

 

無理せず、無駄を出さず、あるもので上手に生きてる。

「将来どうするの?!」と憤慨する年寄りがいるかも知れませんが、将来は現在の延長にあります。

 

無理も無駄もしない彼はずっとこうして生きていけるに違いありません

条件が変わっているのに価値観が変化しない不思議 @電通過労死と20代の友人たち

色んな方が言及していた電通の過労死裁判。

そもそも昨年の12月に起きたこの事件が、1年後の今になって公になることの疑問を感じます。

親御さんが裁判しなければメディアは既読スルーしていたのでしょうか。

 

事件概要をyahooニュースで知った時、

「そんなに賢い女の子が行きたい&しがみつきたいと思う程、電通はまだ価値があるのか」

という驚きと暗澹とした気持ちとを覚えました。

 

テレビCMや雑誌広告の影響力も予算も落ちているし、いくら電通といっても年収は下がりつつあるでしょう。

更に超体育会系で男尊女卑、プラス縁故が強いという社風は遠い場所にいる私でも知っているくらい有名です。

コネがなく能力の高い女性が入社する、ことはけして利点にならないと思います。

 

加えて、東大早慶といった有名大学に今どのくらい価値があるのかも甚だ疑問です。

 

私が受験したのは団塊ジュニア世代の後でしたが、それでも難関大学は8から10倍率でした。

そのうちの一つの学部に入学することになりましたが、半分以上は浪人生で、現役生には付属校出身も含まれていましたので、現役・一般入試で合格した私は少数派でした。

 

今私が在籍していた学部は、半分がAO入試と呼ばれる面接・論文試験で入学するのだとか。浪人生は6分の1だそうです。

 

20年前と比べると東大は早慶レベルに、早慶はMARCHレベルに落ちているという人もいます。

 

詰め込み式の入学試験に合格した学生達の方がレベルが高いとは言い切れませんが、

競争率が急降下しているので入学が簡単になり、生徒の学力が落ちるのは避けられないでしょう。

 

今の学生たちは、レベルの下がったかつての名門校に在籍するために、AO入試用の塾に行ったり、それに合格した後は足りない学力を補う塾に行ったり(これ本当)、更に奨学金まで借りたりして年々高くなる授業料を支払っているのです。

 

何だか錆びた自転車のブレーキみたいだと思います。

 

買ったばかりの頃は、小さな力を加えれば簡単に止まった。

でも今は同じ力では止まらない。それどころかもっと強い力を加えても止まらない。

 

エネルギー効率が悪くなっている。ロスが多くて効果が少ないのです。

原発みたいです。

 

そして最近リアル大学生から聞いた驚愕の事実がありました。

彼女の同級生の女生徒のほとんどは、専業主婦希望なのだそうです。

そして同級生の多くは公務員・いわゆる大企業就職希望。

20年前とほとんど変わっていないのです。

 

彼らの新卒月給はよくて20万そこそこでしょう。

そこからどんどん高くなる社会保険が引かれ、奨学金が引かれ、翌年には住民税が引かれる。

 

条件は流動している(悪化していることが多い)のに、価値観は固定したままなんです。

 

でも若い人にとってはそれが当たり前なので、疑問を感じていないのです。

そして年を取ると比較対象が出来て、物事を相対的に見ることが出来るんだと思いました。

 

条件が悪化していること、労力とお金が見合わないことが増えていることをもっと若い人に伝えるべきでしょう。

私はいかに税金が上がっているかを彼女に伝えましたが「ふーん」みたいな反応でした。生きるのに大事な知識は学校教育では教えられないんだと再確認しました。

 

そういえば、氷河期と呼ばれた私の就職活動期に偉そうに説教していた人事のおっさんたちは、ほとんどが超売り手市場のバブル世代だったはずです。

思い出すと頭に来るな。つのだひろの出来損ないみたいなおっさんがいました。

あの人の下で働かなくて本当によかった。

 

参考:国民年金保険料と大卒初任給の推移

http://investor-brain.com/archives/2048 

1968年の初任給は30600円で国民年金は250円。給与の0.8%しかありません。

2014年の初任給を20万、国民年金は15000円としすると給与の7.5%にもなるんです。もし68年と同じ割合だったら1600円なのに。