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スローに働いて、スローに遣う

労働から活動へ、消費から生産へ、利益から恩恵へ

マネーと共に生きる その2 「愛はお金で買えない」と思っている人に足りない視点

マネーと共に生きる

愛はお金で買えます。

倫理的、法的には間違っているかも知れませんが、

経済学的に思考すると可能です。

 

買いたい人(需要)と売りたい人(供給)がいて、

両者の欲望が一致すれば、

どんなモノでも売買は可能です。

 

愛を買いたい人と愛を売りたい人がいて、

両者の間で契約が成立すれば、

そこで市場が生まれる、それだけのことです。

 

億万長者の奥さんは、趣味のいい悪い別にして、95%が美人です。

別にいいと思います。

 

しかし買いたい人(需要)、売りたい人(供給)どちらかが欠けている場合、

市場は生まれません。

 

買いたい人(需要)が居ない、という状況は考えにくい。

うんこだって購入したい人がいます。

他人から見たらゴミでも欲しがる人は居ます。

 

売りたい人(供給)が居ない、という状況はありえます。

 

お金で買えないモノは、無いものです。

存在しないモノ。

 

存在しないから、売ることが出来ず、買うことが出来ない。

 

例えば、

ルー・リードの新譜、緒方拳主演の新作映画のチケットなど。

・デッドストックの何か、もう生産していないもの

・絶滅した動植物

・枯渇した資源

 

もし鳥インフルエンザで世界中の鶏が始末され、地球から一羽も居なくなったら、

鶏卵は500円出しても、100万円出しても、1億円出しても、買えない。

(代わりの鳥の卵はあるかもですが)

 

お金よりも大事なのは、愛ではなく資源です。

 

「お金で愛は買えない」という人は、

お金は無限だけど、資源は有限』という視点が欠けています。

 

現時点で、お金は無尽蔵に作られています。

ねずみ講のようにお金がお金を生み、増殖しています。

 

そうした世界にいると、資源も無限であるかのような錯覚に陥ります。

マネーの動きに全てが連動するような錯覚です。

 

永遠に綺麗で居続けようとする美魔女と呼ばれるおばさん達。

永遠に経済成長を続けようとする困ったおじさん達。

"Forever 21(永遠に21歳、青春でいよう)"という名のファッションメーカー。

 

彼らはマネーを模倣しているようにも見えます。

 

もしマネーの供給量が有限だったら、どうなるでしょう。

一年に国が発行してよい上限が決まっていたら。。。?

 

地球にあるお金の総量は、一説によれば17京円を超えるらしいです。

それは地球の価格でもあります。

 

マネーが増えるほど、地球の値段は上がっていきます。

そしてマネーの価値は下がって生きます。

マネーと共に生きる その1 ジョニー・デップが稼いだ55億円は資産か負債か

マネーと共に生きる

マネーと共に生きる、というタイトルは不思議な響きかも知れません。

自然と共に生きる、というタイトルならありがちです。

 

でも昔の人々、里山に住み、天狗やお稲荷さんを本気で怖がっていた日本人達は、

自然と共に生きるなんて考えもしなかったでしょう。

彼らは自然と一体化し依存していたからです。

 

同じように現代の私達、都市に暮らし、資源とエネルギーを全てお金で購入している人間は、マネーと共に生きるという発想に違和感を覚えます。

あまりにもマネーに依存しているからです。

 

私は、自給自足、地域通貨、交換経済全て魅力的だと思いますが、

かといってマネー不要とは考えていません。

社会を支える一要素として、マネーはよい働きをしてくれると思います。

だから上手く付き合い、賢く利用する方法を思考するのは大事です。

 

貨幣でもなくお金でもなく、マネーと呼ぶのはそれが一番しっくりくるから。

今の段階ではきちんと説明できません。

 

ジョニー・デップと破産

 

今月こんな哀しいニュースが。

 

 

ジョニー・デップ大好きな俳優でした。

今も好きだけど、崩れ具合といい再婚相手の女優といい、いい感じではないです。

 

私が好きなジョニー主演の映画はほとんどが90年代作品。

 

ギルバート・グレイプ


What's Eating Gilbert Grape Trailer

あらすじ:ド田舎で家族(超肥満の母親と自殺した父、知的障害の弟)の世話するだけの人生。そこにトレーラーハウスでボヘミアン少女がやってくる。

注目ポイント:ジョニーが主人公のギルバート。弟はディカプリオ、ヒロインはジュリエット・ルイス。3人とも黄金期。ギルバートが優しすぎて泣ける。

 

妹の恋人


Benny And Joon Trailer 1993

あらすじ:両親が死んでから、障害(多分アスペルガー)を持った妹と二人暮らしの主人公。そこにバスター・キートンの真似だけが異常に上手い居候(多分アスペルガー)がやってくる。

注目ポイント:ジョニーは居候役。大道芸が上手い。これもハマリ役。ラストシーンが可愛くて好き。

 

エド・ウッド

 


Ed Wood Trailer and iPhone 4 and iPhone 5 Case

あらすじ:史上最低の映画監督と呼ばれるエド・ウッド。超低予算とちゃちいセットでせっせと映画を作る彼の周りに集まるのも変な人達ばかり。でも皆なんだか幸せ♪

注目ポイント:実在した監督らしい。モノクロ映像が美しいです。「パーフェクト!」しか言わない監督だが、どこから見ても何が良いのか誰も分からない。

 

ジョニー・デップが世界で最も稼ぐ俳優になる、なんて20年前は誰も予想していなかった!

 

彼が演じるのはいつも社会に溶け込めないけど、わけのわからん情熱をもってる愛すべきルーザーloserで、大作よりも監督の世界観を大事にした小作を選んでいたからです。

 

だから『パイレーツ~』シリーズに出演するなんて、最初はかなり意外でした。

でもインタビューで

「自分の子供達が純粋に楽しんでくれてとても嬉しい。自分のこだわりなんてそんなに大事じゃない」

と言っているのを読んで、やっぱり凄くいい人なんだなと感じました。

 

◎アメリカ、ハリウッド、過剰

ジョニー・デップは、本人が予想するよりも遥かに多いマネーを抱え込むようになったんではないでしょうか。

 

年収55億円て・・・。

そりゃ世界のスターですけど、ただ俳優として役を演じるだけでこの金額は妥当なんでしょうか。

一人の人間が持つべき量のマネーなのでしょうか。

 

それだけ手にしたら、もう一般の住宅に住むことは出来ません。

子供を地元の学校に入れることも、近くの公園で遊ばせることも出来ません。

 

55億円とは、ジョニーが背負う負荷の金額でもあります。

 

安全という資産を買うとも言えますが、危険という負債を背負っていえないでしょうか。

 

その負荷に押しつぶされてしまったんだろうと思います。

でもそこが人間臭くて嫌いになれない部分です。

 

◎マネーと共に生きるには

通常、マネーはあるだけあればよいと考えがちです。

それが資産(簿記的に言えば借方)だから。

でももしかしたらそれは負債(貸方)になり得るかも分からない。

 

そこにマネーの闇があると思います。

労働から活動へ、消費から生産へ、利益から恩恵へ

ブログの説明を変更してみました。

 

以前の説明は、

「出来るだけ労働しない」というattitudeは"Rebel"として認定されないだろか。

"Rebel"とは対抗や反抗という意味です。

積極的に何かをしないという姿勢が、対抗になったら面白いと思って付けた説明でした。

それは文脈が変わることに通じると思います。

 

文脈と共に、価値の比重が変わる予感があります。

 

労働から活動へ、消費から生産へ、利益から恩恵へ

 

経済活動から、社会活動へ

消費する欲望から、生産する欲望へ

利益を取り合う関係から、恩恵を共有する関係へ

 

スローガン的で具体性は欠けるものですが、イメージやビジョンは大事です。

 

散々イメージの弊害について書きましたが、ここでのイメージは能動的なもの。

受動的なイメージは、沼から引き上げられた粗大ゴミのような重さを持ちます。

それとは真逆の、軽やかで美しいイメージ。

男性受難の時代 その6 父権をアイデンティティにするのは危険

男性受難の時代

勝手にシリーズ化していますが、アクセス数を見るとこのテーマ人気なのでしょうか。

 

田中俊之さんという学者さんと『男性学』が注目されているようです。

 


フェミニズム女性学)よりも、彼の意見の方が共感を覚えます。

もしかしたら、女性よりも男性を解放する方が重要なのかも知れません。

それは父権からの解放です。

 

ファイトクラブ』という20世紀ハリウッドの名作があります。

私が定期的に鑑賞してしまう作品の一つです。

 

ダメサラリーマンだった主人公が、謎の男タイラー・ダーデンと出会い、

男としての野生を取り戻していく物語です。

タイラーは、自由でワイルド、カリスマ性があり抜け目無く、体力・精力共に抜群です。

つまり主人公と正反対の完璧な男として描かれます。

 

<ネタバレあり! 未見の人は見ない方がいいかも>

しかし、タイラーとは主人公の別人格(Alter Egoオルターエゴ)に過ぎなかったんです。

もう一人の自分が愛する女性と世界を危険に晒そうとしていることに気づいた主人公は、彼を銃で撃ちます。つまり、自分自身を撃つんです。

 

ファイトクラブ』は消費主義、資本主義社会へのアンチテーゼと見なされます。

でもそれ以上に父権社会へのアンチテーゼです。

 

消費主義からの解放だけでなく、タイラー(理想の男)から解放されること。

それが本当のテーマだと私は思っています。以下以前にも記しました。

 

 


更に『ファイトクラブ』が画期的なところは神話を塗りかえているところです。

 

「父殺し」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

息子が父を殺すという、神話の型(スタイル)です。

 

偉大な父を倒して、偉大な父を超える。

スター・ウォーズ』がそのいい例です。男性陣に人気ありますよね。

ヒーローものや冒険者はそのパターンにあてはまるものが多いでしょう。

 

ファイトクラブ』の主人公は母子家庭で育っており、偉大な父親がいません。

代わりにそのイメージを胸の裡に持っています。

 

ジェネレーションX(1970年前後)世代ですから、広告やメディアからイメージを与えられます。

若き日のクリント・イーストウッド(『ダーティハリー』は私の父も大好きでした笑)のような、自由でワイルドな男のイメージが幼い彼らの脳裏に焼きつきます。

 

何度も何度も。

 

その完成形の一つがタイラー・ダーデンなのです。

主人公は、映画のラストでタイラーを倒すわけではありません。

タイラーは彼の中にあるイメージに過ぎないから。

 

そのイメージを消滅させ、そこから解放されるのです。

やっと平安が訪れます。本当の自分自身で愛するマーラと対峙します。

 

しかし二人がいるビルは爆発してしまう。

クレジット(債務)の履歴を全部消して、消費主義を滅亡させるためだけではない。

タイラーは主人公のアイデンティティ、最後の支えでもあるのです。

 

強く偉大な父になることから解放されても、他の生きかたが分からない。

だから愛する人と共に吹っ飛ぶことを選択した。

と私は解釈しています。

 

私の周囲にいる男性は、年下(80年代生まれ以降)と年上(70年代生まれ以前)で、

生きかたも考え方も全く違います。

 

80年代以降は大分楽そうです。

奥さんや彼女が年上で、双子のように付き合っている男性は特に楽そう。

恰好も気にしないし、料理も好き。

 

70年代以前生まれは何だか辛そうです。

どうしていいのか分からない、という人も多いのではないかと思います。

稼ぐ=男の甲斐性という発想の人が多く、癒されたい願望が強い。

(癒されるのは、帰属する共同体から独立しないためだと思います)

年齢や肩書きが気になり、女性というだけで優しくしてくれたりする。

 

後者の人達がまさに「結婚して男としての責任を全うする」タイプなのですが、

その価値観をいつまで持ち続け、息子に手渡すのだろうかと勝手に心配しています。

 

父権は消費社会に利用されているからです。

稼げないと男じゃない。

一国一城(もうギャクとしか思えないですよ)の主になるために不動産を購入しなければならない。

家族4人以上乗れる車を購入しなければならない。

子供二人を大学まで出す教育費を稼がなければならない。

家族全員を食わせ続けなければならない。

 

男性として産まれるだけで、父権を成立させるためだけで、億単位稼がなきゃならないんですよ!!

キラキラ女子だの美魔女だのってせいぜい数百万でしょ、美容費。

ケタが違うんです。

 

更に田中俊之さんが言うように、イクメン&家事もしなきゃいけないなんて!

ロボットになった方がいいくらいです。

 

70年代以前生まれの男性が結婚するときに問題なのが、相手の私達女性もほとんどが、

父権信仰(養ってもらうこと前提)が強いことです。

「男は働いてもらわないと」

「男でフリーターはやっぱきついよね」

私の周囲の比較的リベラルな女性もぽろっとそういうことを言います。

 

70年代男子はきついと思います。

でも周囲に流されて父権をアイデンティティに設定してしまうと、これからもっときつくなると思います。

 

どうしたらいいのか全く分からないんですけれども。

違和感や辛さを感じたときは、それが文化的現象であり個人のせいではないことを思い出すといいと思います。

(誰も相談していませんが)

 

父権のイメージで得してるのは、ワンボックスカーを売る自動車会社、マイホームを売る不動産業界、キャンプ用品の会社、後は結婚式とか成人式周りの業界でしょうね。

彼等は父権が消滅すると大きな市場を失うので、可能な限りイメージを存続させようとするでしょう。

男性受難の時代 その5 責任と男気の嘘

男性受難の時代

最近気づいたこと。

 

私は結婚したくない訳ではなく、結婚が要らないだけだということ。

なくても全く困らないです。

現金含む資産があるほうがいいです。

 

◎結婚は責任?

しかし『結婚してこそ一人前』と考える人達はまだまだ沢山います。

プラス『結婚することで男として責任を取ることが重要』と考える人達も多いのです。

 

私はこの責任に何に対して負うものなのかが全く理解できず、

この文句を耳にする度にぽかんとしてしまいます。

 

私は自由恋愛しかしたことがありません。

脅迫や誘拐によって交際を強要されたことがありません。

互いの自由意志で恋愛しているので、いつでもどちらからでも別れが切り出せる関係です。

そこに何の責任が発生するのでしょうか。

責任は男女間ではなく、親子間(庇護関係)において発生するものです。

 

どうしても責任をとりたい(?)というなら、資産を分与してもらえる方が有り難いです。

私は結婚することで何の責任も取りたくないですから。

 

パスポートの変更手続きも面倒臭いです。去年変えたばっかりだし。

 

◎賢い男性と男気

 


年収2000万の夫が専業主婦になることを反対する、という投稿が少し話題になりました。

詳細はわかりませんが、この旦那さんに私は好感をもちました。

 

まず、奥さんの仕事や年収を全く軽んじず、パートナーとして意見を言っています。

次に、結婚後に奥さんが彼の年収を知ったということは、彼のお金の使い方が堅実であることを示唆しています。

 

年収2000万というと全男性の1%以下でしょう。ストレスも責任も大変なものに違いありません。

でも地に足が着いている印象を受けます。

奥さんにしたアドバイスも地道だと思います。

 

きっと彼は、現時点で収入があるからというだけの理由で安易に仕事を辞めること、に反対なのでしょう。奥さん側にビジョンや目標があれば辞職に反対しないと思います。

 

しかしこの姿勢を『男気がない』と評する人もいるようです。

 

「俺が全部面倒見てやる! なーに心配するな、俺についてこーい!!」

そういう時代劇に出てくる江戸っ子みたいな人が男気がある人なんでしょうか。

 

果たしてこの先本当に全部男性が彼女の面倒を見れるんでしょうか。

離婚、死別、倒産、地震など。それら全てが起こらないという前提で生きている男性は頼りになるでしょうか。

 

今そしてこれからは、賢く頼りになる男性ほど、『男気ある』発言や態度を易々としないでしょう。彼らはそれが不可能に近いこと、ただの気休めにしか過ぎないこと、誠実さに欠けることを知っているからです。

 

でも年寄り陣からは「男としてどーの」と文句を言われるでしょう。

だから女性の方から、

「男気も責任も全く必要ありません。誰も得をしませんから」

というべきだと私は思っています。

 

ウェディング業界くらいですよ、得するのは。

 

随分前の番組のようですが。


❤結婚できない婚活女子の問題は収入への高望みだけではなかったとの結論に

 

最後のほうで阿川佐和子が「最近の男はだらしない」と言うのですが、

その考えこそが諸悪の権化です。

昔の「俺に任せろ」は翻訳すると「俺を庇護している株式会社と日本国家、高度成長期とバブル経済に任せろ」です。

会社と国家と時代がサポートしてくれてたら、誰でも任せろと言えるでしょうね。

なぜ自己評価が低いのか? それは出来るだけ自信が付かないように教育されているから。

思考を裏返す

下の拙記事がちょくちょく読まれているようです。

 

 

承認欲求の強さは、自己評価の高さと反比例しています。

自分に自信が持てないから誰かに認めて欲しいという想いです。

アイデンティティが確立していない十代の人ならまだしも

成人男女の承認欲求が高いのはなぜでしょう。

どうして自己評価が低い人が多いのでしょう。

 

20代の友人達は与えられたイメージに苦しんでいると感じます。

でもそれは彼らだけじゃない。

かつては不惑と呼ばれた40歳前後の経済的には自立した男女ですら同じです。

 

◎ブログ『会社を辞めてこうなった』

 

http://ananweb.jp/column/sanfrancisco/25676/

 

このブログのライターさん(37歳)は人気雑誌での仕事を辞め、

40歳を前にして英語取得のために渡米します。

その決断はとても素晴らしいし勇気が要ること!。私は大賛成です。

 

なのに、他人からの些細な言動で彼女は劣等感にさいなまれ続けるのです。

例えばこの回。

高校生と一緒に授業を受ける彼女に向かって、無神経な老婆が一言。

「貴方、子供も産まずに何してるの?!」

その一言が彼女を激しく動揺させる。

 

"It is not your business, bi*ch, this is my life!"

(ばばあお前に関係ねーだろ! 私の人生なんだから)

と言えたらどんなに気持ちよいでしょうね。でも言えない。

 

優秀なキャリアウーマンから、一瞬にして思春期の不安な女の子に戻ってしまうんです。

 

そしてつい先日、私の知人女性が自身の自己評価の低さを吐露していました。

とても辛そうでした。

彼女に対して穏やかで安定した女性という印象しか持っていなかったので、とても驚きました。

 

◎自己評価の低い人間を作るにはどうしたらいいか。

 

私達はみんな、出来るだけ自信が付かないように教育されているのではないだろうか。

その問いが頭に浮かびました。

 

自己評価の低い人間はどうしたら出来るでしょうか。

一方的に成功と正解のイメージを与え、それ以外は否定し続ける。

ではないでしょうか。

学校でも会社でも社会でも、ひたすらイメージが与えられ続けています。

 

昔の40歳が不惑と呼ばれたのは、

イメージ浴びる機会が今より圧倒的に少なかったからでしょう。

 

 


この記事を書いたのも40歳前後の女性です。

 

産めよ増やせよ働け育てよ家事せよ介護せよ」

これらのイメージを鵜呑みにすると、寝食の時間も取れなくなってしまいます。

 

もっと怖いのは、忙しすぎて視野が狭くなり、寛容さがなくなり、更に煽りに弱くなること。

つまり自己評価がもっと低下するんです。

 

完全な女性に近づくほどに満たされなくなる。

何かの末期中毒みたいです。

 

拙ブログ『承認欲求とドロップアウト』は未熟ながらなかなかいい視点だと思います。

完全さを放棄することで、自己評価の罠から自由になれるかも知れません。

 

自己評価が低いのは本人の弱さや能力の低さとはそれほど関係ないと思います。

教育、習慣、環境など外的要因の賜物です。

だから気にする必要もありません。

 

何より、自己評価が低い人間は、モノを売りたい側にとって、理想的なお客様です。

2016年の良かった変化 よりゆっくりそして深く。

パーマカルチャー 半径5kmで生きたい 食べるものを手で作る

昨年同様の内容で備忘録をつけていたのが助かったので、今年も。

 

slowinputslowoutput.hatenablog.com

 

  • 一軒家に引越しをしたこと

タイミングが重なり、庭付き一軒家でルームシェアすることになりました。

平屋のささやかな家で、最寄の駅から歩いて20分程度。

 

◎固定費が以前の6割になりました。何というかこれで生活できることに驚きです。

 

以前 一月約55,000円

家賃 48,000円

電気 約1,000円

ガス 約1,000円

水道 2,000円

通信費 約3,000円

 

現在 約35,000円

家賃 27,750円

電気 約1,000円

ガス 約1,000円

水道 1,000円

通信費 約4,000円

 

家賃が半額近くに下がったのが大きいです。元々安かったのに。

 

加えて固定費は下がりましたが、生活の質はかなり向上しています。

 

電気・ガス・水道は単身より複数で暮らした方がお得です。

料理も沢山するようになりました。食べてくれる人がいると嬉しいです。

防犯面でも誰かと住むのは心強いです。

 

そして庭!

こちらもささやかですが、野菜やハーブを育てています。

虫食いだらけのカブの葉、段々と赤くなるトマト、小ぶりなほうれん草などなど。

積み立てをちゃちゃっと洗って齧る。

これが名産地のブランド野菜よりずっと美味しいのです。

土と太陽のエネルギーをそのまま吸収している感覚です。

 

そして生ゴミは米ぬかをまぶして一次発酵させ、土に戻します。

越してから生ゴミは出していません。

近くの木々の落ち葉や枯れ枝を腐葉土に仕込んだり。

自分の体を通してエネルギーが循環しているのが感じられます。

 

  • 東京アーバンカルチャーに関われたこと

西海岸エリアでパーマカルチャー(詳細は下)を実践する人々に会って、

そして日本でも実践したいという人々に会って、

世界との関わり方が変わりました。

 

 

 

◎うんこは資源、ゴミは存在しない

最も大きな変化は排泄物に対する視点。

うんこもおしっこも綺麗な水で流してしまうのが、今は(3つとも)勿体無いと感じます。

 

肥料に市販の牛糞や鶏糞を使うより、何を食べているか分かっている人の糞。

おしっこも薄めれば窒素として野菜の養分になるんです。

 

今すぐに実行するのは難しいですが、、、考え中です。

ラダックでコンポストトイレに引きまくっていたのが1年半前。

恐るべき進歩(原始人への退化?)です。

 

◎20代の若い人達との出会い

一回り以上も下の人達とフラットに交流出来るなんて思ってもいませんでした。

 

末っ子でいつも一番年下だった私。

部活や会社、サークルなどに長期間在籍したことがなく、先輩後輩という関係が分かりません。

更にただぷらぷらしているおばさんですから、人生の先輩ですらなく恰好つけようがない。

だから個人対個人として接しています。

 

彼女達は不思議で、見たことがない種のような存在です。

でも種であることは確かで、いい芽を出してくれそうな、

可愛らしいでもぎゅっと詰った種です。

 

気になるのは、誰もが少し不安げで自分自身を過小評価しているように見えること。

それは彼女達だけではないのでしょう。

私自身の反映であるかもしれません。

 

という訳で1年が終わって、不安や恐怖がまた減ってしまいました。

中年で、独身で、半非正規半無職で、貯金も数十万円なんですけどね。

好きなことを好きなときにする生活です。

不安と恐怖は「与えられたイメージ」から産まれる。だから実体がない。

ラダック

自分より10歳以上若い人達と接すると、

昔の自分を外側から眺めているような気分になることがあります。

部分的に、ですけど。

 

昔は自分を内側からしか眺められなかった。

だから今の体験は新しく貴重です。

 

時折不思議な違和感に包まれることがあります。

彼女達が抱いている不安と恐怖を感じ取った時です。

 

瑞々しい彼女達が無邪気に話す合間に、ぽろぽろとこぼす。

「私はいわゆる"モテ"るタイプじゃないし・・。」

「周囲と一緒に就活することには疑問があるけど、何もせず卒業していいのかと思う」

ずっとその正体が分からずにいました。

 

最近、彼女達の不安と恐怖には顔がないことに気づきました。

曖昧模糊で、非常にぼんやりとしている。

 

例えば、雑誌やマスコミはいつもモテる女の子の雛形を設定します。

彼女達が東京や地方都市で最大限に人生を楽しんでいるかのようにストーリーを作成します。

 

でもそれは像(イメージ)に過ぎないんです。

芸能人や読者モデルの何とかちゃんは、仕事としてそうした役割を演じているに過ぎない。

一般人の女の子もそうしたイメージを模倣しているに過ぎない。

 

「美人の平均顔」みたいなものです。

誰かに良く似ているけど、誰でもなく、誰も見たことの無いもの。

ただのイメージ。

 

若い友人たちが比較対象にしているのはそれなんです。

 

彼女達は、そして私たちも

実体がないイメージと現実の自分とを比較して、不安や恐怖を感じている。

 

それは私達が「一方的にイメージを与えられること」が習慣になっているからです。

 

slowinputslowoutput.hatenablog.com

 

以前でも言及しましたが、現代日本人の90%が受けた教育は座学です。

実験や検証はほとんどせず、言葉とイメージを繰り返し繰り返し与えられる。

 

それを5歳くらいから10年以上続けてきた私たちは皆、

「与えられるイメージ」に慣れきっていて、非常に無防備で無抵抗なのです。

批判や疑問を感じる前に、イメージを信じ込んでしまうのですよ。

 

反対に、私が知っているシュタイナー教育を受けた女の子は、

イメージに惑わされる印象が皆無です。

 

興味深いことにシュタイナー教育が重要視しているものは「経験」。

「イメージ」と相反するものです。

 

そして「経験」とは「感じること」そのものなのだと私は確信しています。

 

音楽、旅、書物、人、動物、場所。

媒体に関わらず五感が刺激され、心が動かされること。

それを「経験」と呼ぶ。

 

経験は直感を磨いてくれます。

直感は今まで感じてきたことの答えなんです。

その時だけの気分じゃない。

 

直感こそが、重要な選択をするときに頼るべきものです。

 

そして、能動的にイメージして、与えられたイメージに対抗するんです。

 

「不安や恐怖は、過去や未来に固執しているときに生まれる」

と教えてくれたのはチベット僧でした。

過去の後悔も、未来への不安もイメージそのもの。

「現在に集中すれば、不安や恐怖に対処できる」。

 

能動的にイメージすることで、イメージによる不安と恐怖を絶つ。

 

チベット哲学は真理に満ちてます。

『よい条件で生きる』より『うまく生きる』方が賢い @30代後半の私の選択

半径5kmで生きたい

感度がいい20代でさえ古(いにしえ)の価値観で生きてるのですから、

30代私たちは男女関係なく余計にそうでしょう。

 

ところで私は独身、彼氏はいますが結婚の予定はありません。

そして彼氏の有無に関係なく、婚活の集いみたいなのに行く気は皆無です。

 

理由は、自分に高値がつかない(需要がない)市場に出ても意味がないから

 

我ながら身も蓋もない言い方ですが、自虐でも悲観的な訳でもありません。

一般的な婚活市場は、男性は年収・女性は年齢が最重要の条件です。

35歳以上の女性=年収250万の男性 という等式も聞いたことがあります。

残酷だけれどそれは現実なんです。

 

どんなに美男美女でも、料理が上手くても、DIYが得意で家を作れても、19ヶ国語喋れても、性格が抜群によくても、博学でも、

35歳以上の女性と年収250万の男性はその市場で需要がほとんどないのです。

 

でも逆に、需要がないから魅力的な人や自分が好きなタイプの人がそこに埋もれていることもあります。そしていた場合、競争率は比較的低いんですよ。

 

また私の彼は子持ちです。出会った時分から知ってたので特に何とも思いませんでしたが、もしこれが友人の紹介や婚活サイトだったらどうでしょう。

 

条件を先に聞いた場合、本人に出会おうとさえ思わなかったかも知れません。

でも本人に先に会えば、条件はそんなに気になりません。

 

本当は条件ってそんなものです。

条件に振り回され過ぎな人が多過ぎる。

 

いまだに「旦那さんになる人は年収600万以上はあって欲しい」「家庭に入って早く子供を産みたい」という同世代の友人がいます。

 

信頼出来るパートナーを希望することは現実的なのだけれど、条件とイメージが現実的ではない。


600万稼いでも手取りは500万程度で、今後も下がるでしょう。

サラリーマンの夫に専業主婦の妻というスタイルは、経済的にも不可能でしょう。

子供欲しいなら今すぐ作らないと厳しいでしょう。

 

という超現実的な意見をズバズバ言えたらいいのですが、無邪気な人なのでいいづらいのが心境です。

 

しかし彼女の思考に近い独身の中年女性はかなり沢山いるのだと思います。それがここ1年くらいでわかってきました。

ごくごく単純に自分が育った家庭の遣り方をなぞりたいだけなんでしょうけど。


怖がり過ぎて自分で思考することが出来ないのだと思います。

 

実際は、年収200とか300万の男性の中に、かなりサバイバル能力が高い者も含まれているはずです。だからそこからパートナーを探す、というのはなかなか高度な戦略だと思うんですけどね。


勝手な推測ですが、80年代以降に生まれた男性にそういうタイプが割といるんじゃないかと。

70年代生まれの男性はより父権的な価値観で育ち競争してきたため、一歩引いて上手く生きることが苦手なんじゃなかろうか。

 

近年私が「うまく生きてるなあ」と感心したのがこれ、山奥ニート

 

 

無理せず、無駄を出さず、あるもので上手に生きてる。

「将来どうするの?!」と憤慨する年寄りがいるかも知れませんが、将来は現在の延長にあります。

 

無理も無駄もしない彼はずっとこうして生きていけるに違いありません

条件が変わっているのに価値観が変化しない不思議 @電通過労死と20代の友人たち

色んな方が言及していた電通の過労死裁判。

そもそも昨年の12月に起きたこの事件が、1年後の今になって公になることの疑問を感じます。

親御さんが裁判しなければメディアは既読スルーしていたのでしょうか。

 

事件概要をyahooニュースで知った時、

「そんなに賢い女の子が行きたい&しがみつきたいと思う程、電通はまだ価値があるのか」

という驚きと暗澹とした気持ちとを覚えました。

 

テレビCMや雑誌広告の影響力も予算も落ちているし、いくら電通といっても年収は下がりつつあるでしょう。

更に超体育会系で男尊女卑、プラス縁故が強いという社風は遠い場所にいる私でも知っているくらい有名です。

コネがなく能力の高い女性が入社する、ことはけして利点にならないと思います。

 

加えて、東大早慶といった有名大学に今どのくらい価値があるのかも甚だ疑問です。

 

私が受験したのは団塊ジュニア世代の後でしたが、それでも難関大学は8から10倍率でした。

そのうちの一つの学部に入学することになりましたが、半分以上は浪人生で、現役生には付属校出身も含まれていましたので、現役・一般入試で合格した私は少数派でした。

 

今私が在籍していた学部は、半分がAO入試と呼ばれる面接・論文試験で入学するのだとか。浪人生は6分の1だそうです。

 

20年前と比べると東大は早慶レベルに、早慶はMARCHレベルに落ちているという人もいます。

 

詰め込み式の入学試験に合格した学生達の方がレベルが高いとは言い切れませんが、

競争率が急降下しているので入学が簡単になり、生徒の学力が落ちるのは避けられないでしょう。

 

今の学生たちは、レベルの下がったかつての名門校に在籍するために、AO入試用の塾に行ったり、それに合格した後は足りない学力を補う塾に行ったり(これ本当)、更に奨学金まで借りたりして年々高くなる授業料を支払っているのです。

 

何だか錆びた自転車のブレーキみたいだと思います。

 

買ったばかりの頃は、小さな力を加えれば簡単に止まった。

でも今は同じ力では止まらない。それどころかもっと強い力を加えても止まらない。

 

エネルギー効率が悪くなっている。ロスが多くて効果が少ないのです。

原発みたいです。

 

そして最近リアル大学生から聞いた驚愕の事実がありました。

彼女の同級生の女生徒のほとんどは、専業主婦希望なのだそうです。

そして同級生の多くは公務員・いわゆる大企業就職希望。

20年前とほとんど変わっていないのです。

 

彼らの新卒月給はよくて20万そこそこでしょう。

そこからどんどん高くなる社会保険が引かれ、奨学金が引かれ、翌年には住民税が引かれる。

 

条件は流動している(悪化していることが多い)のに、価値観は固定したままなんです。

 

でも若い人にとってはそれが当たり前なので、疑問を感じていないのです。

そして年を取ると比較対象が出来て、物事を相対的に見ることが出来るんだと思いました。

 

条件が悪化していること、労力とお金が見合わないことが増えていることをもっと若い人に伝えるべきでしょう。

私はいかに税金が上がっているかを彼女に伝えましたが「ふーん」みたいな反応でした。生きるのに大事な知識は学校教育では教えられないんだと再確認しました。

 

そういえば、氷河期と呼ばれた私の就職活動期に偉そうに説教していた人事のおっさんたちは、ほとんどが超売り手市場のバブル世代だったはずです。

思い出すと頭に来るな。つのだひろの出来損ないみたいなおっさんがいました。

あの人の下で働かなくて本当によかった。

 

参考:国民年金保険料と大卒初任給の推移

http://investor-brain.com/archives/2048 

1968年の初任給は30600円で国民年金は250円。給与の0.8%しかありません。

2014年の初任給を20万、国民年金は15000円としすると給与の7.5%にもなるんです。もし68年と同じ割合だったら1600円なのに。

生態系(Ecosystem)の中に経済(Economy)がある @東京アーバンパーマカルチャー

パーマカルチャー

 

ソーヤー海さんのツアーは2週間に及び内容も濃く、なかなか簡単に学んだことをまとめることが出来ません。

 

そもそのパーマカルチャーの概念とその有効性を、全く興味の無い人に伝えることは難しい。

 

『多様性・相互作用性・循環性が可能な自然のデザインを自分のライフスタイルに応用する』

 

とても抽象的です。

自給自足や有機農業はパーマカルチャーの一部ですが、イコールではありません。

そこで復習もかねて海さんの講演ビデオを見るようにしています。


私たちは生態系に依存している

それがパーマカルチャーを知る上で最も重要な認識だと思います。

 

私たちの衣食住はもともと自然から生まれている。

お金から生まれたものではありません。

 

その依存している生態系のあり方に沿ったライフスタイルは、合理的で持続的です。

そのことが一番よく分かるのが農業です。

 

太陽・土・水を与えれば種は発芽します。

蜂や蝶など虫が受粉を助け、実をつけてくれます。

隣にコンパニオンプランツのハーブを植えれば、害虫や病気から守ってくれます。

果実やハーブは私たちに食物をもたらしてくれます。蜂は蜂蜜をもたらしてくれる。

時には一つの種から百単位の実が生まれることもあります。

それらは家畜や虫など他の生物とシェアすることも出来ます。

家畜は乳や肉を私たちにもたらしてくれる。

私たちや家畜の体から出た排泄物を土に戻せばそれは新たな植物の糧になります。

 

ほんの一例ですが、多様な生物が、相互に作用しあい、共に循環のサイクルを生きている。

余分なものも足りないものもなく、それぞれの特色を活かし合うHolisticな生き方です。

 

しかし現代は生態系よりも経済の方が重要視されています。

存在を要らないもの(排泄物・ごみ・体臭・虫)と足りないもの(お金・洋服・車・外見の美しさ)に分けて分断Separationすることがよいとされています。

 

パーマカルチャーはカウンターカルチャーの一つでもあります。

 

パーマカルチャーを実践・普及しているのは海さんだけではなく、

-安曇野パーマカルチャー

-パーマカルチャージャパン

-マーマーマガジン

-自由大学

などなど最近増えており、あちこちで講演や勉強会をやっています。

 

私の情報源は主にフェイスブックです。

 

今回のツアーで尋ねたブロックス島でもワークショップが行われています。

ブロックス島はエデンの園みたいなとこでした。

 

ブロックスのミューズ、ゆりこさんのインタビュー。


何度言ってもパルミカルチャーと言って譲らないゆるこさん。

こんなワイルド&ナチュラルに生きられたら素敵すぎ。

煽ることで購買力を引き出すのが一番簡単 @資生堂CMの中止

原始人生活して帰国すると日本は相変わらずやいのやいのと騒いでいた。

日本というかメディアだけなのかも知れないけど。

 

資生堂CMが批判されて中止になりました。

実際のCMを見、中止しなくてもいいけど矛盾したCMで嫌いだなと思いました。

 

25歳になった大人の魅力を持とう、というのが本来のコンセプトだったと思います。

でもコピーが『ラブリーに生きろ(ハート付き)』なんです。

このコピーがこれから成熟した大人になろうとする女性へ向けたものとは思えません。

 

可愛くないといっておいて大人にはさせない。

日本社会に通じるものがあります。

 

そして、私の一番の嫌いな理由かつ批判の最大の原因が、

あのCM自体が年齢を重ねることを肯定していないということでしょう。

 

「可愛いって年齢は過ぎたけど、大人になってよかった。」という描写であれば、本来のコンセプトも理解されたでしょう。

ただただ「もう若くない」と煽るだけの描写は、いくら人気女優に流行りの服を着せても全く美しくありません。

大体誕生日にあんなこと言ってくる友達嫌だし要らないです。

 

資生堂。古くは山口小夜子を使ったり洗練されたシックなCMを創っていたのに、ここ数年は安っぽくなっていくばかりだと感じます。出演女優ではなく演出や創りのせいです。それぞれの商品のコンセプトや世界観からエレガンスとかシックさが抜けている。

 

安っぽい女性誌から出てきて騒いでる女の子たち、という印象。

そこまで言うのは昔の資生堂のCMが美しかったからです。

 

資生堂CMの凋落はモノが売れないことがダイレクトに関係していると思います。

それは売上げが落ちて広告の予算が取れないということだけではありません。

 

財・サービスがコンスタントに売れ、デフレもほとんど無かった時代は、

商品の品質の高さを示すだけで充分宣伝になりました。

 

値は張っても高品質である、ことを暗に伝えれば顧客は納得して購入したのです。

 

今消費者に購入させるには、高品質だけでもそれに低価格が付いても難しい。

煽る、ことはその一番の解決法なのだと思います。

考えさせずに判断させずに買わせることです。

 

資生堂だけでなく、テレビのコマーシャルだけではなく、様々な媒体で煽りが幅を利かせています。一番の対処法は煽られてる、ことを自覚することです。

 

ついでに、あっという間に中止を決定した資生堂は、このCMにもともと納得してなかったんではないだろうかとも思います。創ってる本人たちも実はいいとは思っていないからあっさり止めたんじゃないかと。

 

プラウディアとか宮沢りえのCMとか好きでした。

私たちには圧倒的に経験が足りない @東京アーバンパーマカルチャーTOUR

パーマカルチャー

9月半ばから末までソーヤ海さん率いるTUP(東京アーバンパーマカルチャー)のツアーに参加しました。

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パーマカルチャーとは;ビル・モリソンが体系付けた学問。

 

 

自然は『多様な動植物が、相互に助け合い、それぞれのエネルギーを循環させる』ようにデザインされています。

そのデザインに注目・観察し、ライフスタイルに応用・実践していくことです。

 

ツアーでは田舎(rural)にてパーマカルチャーを実践するシアトル・ブロックス島と、都会(urban)にて実践するオレゴンポートランドを中心に回りました。

知識も経験もかなり豊富で半月近く経った現在でも頭が整理出来ていません。

詳細はおいおい書くとして、ツアー後に確信したことがあります。

 

それは、私たちには圧倒的に経験が足りない。そして経験をあまりにも重視されていない。ということです。

 

私たちが受ける教育はほぼ100%座学です。

座って知識を詰め込み、その中で導かれた答えだけが答えです。

簡単に例を挙げるとすれば、じゃがいもを育てるのではなく、写真や絵を見て部位や成長の様子を覚えることが勉強です。

 

ブロックス島での経験はなかなかのカルチャーショックでした。

トイレはいわゆるぼっとん(コンポスト)、おしっこは外、寝るのはテント、シャワーも外から丸見え、サウナはみんな裸、キッチンもリビングも外、ゴミ箱はなく全てがコンポスト行き。

 

しかし意外にすんなり出来てしまうし、その上快適なのです。

 

トイレはドアの上下が開いて風通しがいいから臭くないし、トイレに並ぶ必要もない。テントは起きるとすぐ美しい朝日が見られるし、シャワーは夕陽が見られる。お互い裸見てるしもう何でもいいやと開き直れるし、掃除の必要が無いのでりんごの芯はぽいと放ればいいだけ。

 

やってみれば簡単。やればいいだけなんです。

 

そしてもう一つ。経験とはキャリア・資格など履歴書に書くためのものではありません。

 

感覚と想像力を刺激してくれる、個人的な経験こそが経験です。

凄い体験をしたけど言葉では表現できない、強く何かを感じたけど誰かに伝えるのは難しい。

そういうものが、重要な決断をするときや何かを創造するときにバックアップしてくれる。

 

就活にも自己アピールにも結婚式のスピーチにも使えないもの。

むしろそういうことに使いたくないものこそが大事です。

 

それを気づかせてくれた旅でした。

あと西海岸は人も雰囲気も東より好き。

2015年で一番素晴しかったのは、仕事を辞めて無職になったこと

※完全な備忘録です。

 

今年を振り返る、来年の抱負を立てる、という反省や計画性とは無縁に生きてきたが、

年末ぽいことを敢えてやるのも面白いと思いました。

 

本日29日は仕事納めでした。

プロ無職を自認する割りにはなかなか遅くまで働いています(笑)

週3~4.5労働の私は世間の休みと連動した連休が要りません。

チケットが安くて空いてる時期に旅したいので、年末やGWはむしろ働く派。

 

  • 今年素晴らしかったこと

 

○仕事を辞めて無職に。

通勤ラッシュ・高すぎる社会保険・終わらない確認と調整・ランチタイムに聴かされる愚痴

とはその日限りでおさらばです。

 

辞めた瞬間に仕事内容を9割がた忘れた自信があります。

 

○行政のセーフティネットを再確認

去年もらっていた失業保険(そう、去年も会社を辞めているんです・・・。)の残りがもらえたり、国保免除がまだ適用されたり、あと失業保険が延長されたり(解雇扱いの場合こんなことも)。

 

「えーい、先のことはあんまり考えず辞めちまえ~」という気分だったのですが、

それが功を奏して法律や制度のことを知ることができました。

 

slowinputslowoutput.hatenablog.com

 

「知る」「体験する」ことを怖がらなければ、賢くサバイブ出来ると思います。

 

○インドの山奥ステイ

短期間の旅行ではなく、生活を共にするステイ型。

本当に素敵な体験でした。

 

でもちょっと切なくなったことも。

アフガニスタンチベットも、数十年前はきっととっても平和な場所だったと思います。

 

資源や地理が原因で、Abuse(悪用や虐待)されるようになってしまう。

ラダックが平和なのは、資源がほぼないことと、標高3500メートルに位置するため侵略するのが難しいことが理由です。

デメリットであることがこの場合メリットになっています。

 

○小さな農園にステイ

若いご夫婦がやっているプチ農園にもステイ。

 

二人ともタフに優しく生活していましたが、それぞれに紆余曲折がもちろんあり。

日本の教育システムに更に疑問を感じるようになりました。

 

○週3~4日労働スタート

勝手にオランダ人計画、とも呼べます。

 

オランダはワークシェア(仕事をシェアして労働時間を減らす)で有名ですが、

ポリスや弁護士など様々な職業がパートタイムで賄われています。

 

今は週2休が少なく感じます。

 

疲労回復が早いのもそうだけど、前よりずっと丁寧にきちんと業務出来るようになったと感じています。

 

○色んな人と出会えた

平日休みで出かけ、近所で働いてぷらついて、面白そうなイベントは逃さず・・・。

 

都内まで遠距離通勤しみっちり働いていた時よりも、ずっと興味を持てる人達に出会えました。

その理由はただただ余裕、です。

時間と気持ちの余裕。

 

はてなブログを覗くのもとても興味深くて面白いです。

小説や映画よりもずっとリアルで心に響きます。

文章の旨さや知識と感動とは、ほとんど関係ないと思います。

正直で、書いてる人の心を正確に描写しているものが、胸を打ちます。

 

○煙草・ケミカル食材を体が拒否するように

煙草は5月から吸っていない。でも1年以上すってないような気がします。

一緒にいる誰かが吸っていても欲しくならないのは初めてです。

 

煙草なしの日々の寝起きは本当に気持ちよい!

 

後は発泡酒が飲めなくなってしまいました。大手のメーカーのビールもあまり。

じゃあ何かというと、最近話題のクラフトビール(地ビール)。

スパイスやフルーツのフレーバーがしっかり付いたビールをちびちび飲む、

というスタイルに変わりました。

 

地ビールは悪良い、二日酔いしにくいです。

何より1杯での満足感が高いので、量が要らない。

 

問題はまだまだ扱う店が少ないことかな。

私の近所はアメリカ人が多いので、比較的種類が多いです。

 

お勧めはStoneというブリューワリー。

カリフォルニア産地ビール STONE IPA (ストーン クラフトビール) 22oz/650ml [並行輸入品]

これはIPA(Indian Pale Ale)

 

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Arrogant Bastardというとんでもな名前のビール。

それもこれはバーボンスタイル。松やコリアンダーの味がしっかり効いてます。

中国の薬みたい、という意見もありますけれど。

 

日本のYonayona Aleも結構好きです。

実は日本全国にブリューワリーって沢山あるらしいです。

あまり一般的に知られていないのは、大手メーカーが広告媒体を買い占めているから、

という話を聞いたことがあります。

 

食べ物もブロイラーとかレストランで食べるポークとか生臭くて苦手です。

 

でもジャンクなチップスはよくぽりぽりしている、という矛盾。

 

  • 2016年の予定

 

目標や夢は要りません。

今小学校の卒業式で、夢を語らせることが多いらしいです。

はっきり言って吐き気がします。

夢より、想像力と興味こそが人を作るのにね。

 

○興味あるワークショップに出かける

ベジ食、ソーヤー海さん系、植物植える系など、のワークショップにもっと参加する。

金額高いのもあるけれど、ここで投資を数千円けちるのは勿体無い!

 

ワークショップは内容も楽しいのですが、面白い人達と出会えるのも楽しいです。

 

slowinputslowoutput.hatenablog.com

 

○ボランティアをする

懐を考慮すると、ボランティアされる側なのかも知れないんですが(笑)、

換金されないアクションをしたいと思います。

 

不登校の子を中心に英語を教える

・シェルターわんこの世話

・フードバンク関連

が射程内。

 

○長期でファーム体験

ここ3年程、年に2週間以上アジアのどこかをふらついています。

その流れを止めたくない(笑)だけではなくて、

長いスパンで自然の成長や変化の中に身をおきたいし、育成に触れてみたいと思います。

 

候補地はいくつかありますが、

国内外どこにするか・今のアパート契約はどうするか・今そばにいる人はどうするか

は未定。

 

  • 2015年 嫌だったこと

○体力が段々と減る

これはもうしょうがない。

 

全速力で走ることがこの先あったらどうしようかと真面目に考える今日この頃。

しかし冷え性がひどくなる。

 

目的なく国境を越える、みたいな旅をする気にとてもならなくなってきました。

 

去年やっていたんですけどね・・・。

 

○お金をただ稼ぐには嫌々働いた方が手っ取り早いこと

私の現時点も稼ぐ力を考えるとそうです。

そして今後もそれを磨く気がない。

 

お金の問題は一生続くと思いますが、直面している限り、四苦八苦できます。

まあ、そのうち解決するでしょう。

(と思っている限りしないかも(^^;)

 

○その他こまごま

・そういえば、会社の有給消化してね。ちくしょーめ。

ベビーブーマー世代のおばはん共の無神経&無知度はいらつく。

 そりゃオレオレ詐欺られんだろ。

・いい加減シリアの爆撃やめろ。何でフランスがテロされるとシリアが爆撃されるのかが意味わからん。

・もう文部省認定の学校なんてギャグ以外ではなくなってしまえばいいのに。

・近所にタワーマンション作るのやめてください。バブリーでださい。

・結構楽しみにしていたはてなの「商社マンの社蓄日記」が突然なくなって残念。もしやこわーい上司にバレたのかと他人事ながら心配。忘年会のチャプターとか超面白かったのに。

目に映るもの全てが資源に見えてくる、ソーヤー海さんのワークショップ

無くてもいいものを増やす パーマカルチャー

近年大人気のソーヤー海さんのワークショップ。

 

自宅から近い場所で開催されるので参加した。

 

会場となったAsaba Art Squareはジブリ映画に出てきそうな、

レトロモダンなカフェ。

近くの称名寺は、庭園も門も非常に情緒があり居るだけで落ち着く。

 

こんな素敵な場所が近くにあったとは驚きだ。

 

  • シアトルのパーマカルチャーに興味津々

 

パーマカルチャーとは、人と自然の調和とその持続性を基にデザインされた文化で、

海さんは実践的にそれを追求している。

 

海さん曰く自然は『ギフト経済』。

略奪でも交換でもなく、資源と富は有り余っていてそれを皆で分ける。

 

コスタリカのジャングルと、シアトルのコミューンで研修(?)したとのことだが、

これが聞いているだけでわくわくしてしまうことばかりだった。

 

コスタリカのジャングルでにいたときは、

小屋をアリの大群に占拠されたり、野生のジャガーと見詰め合ったりしたそうだが、

「自分が所有しているものは何も無い」ということを体で知ることが出来たそうだ。

 

彼の著作でも読んだが、

料理は材料をポットに入れて太陽熱が集まる場所に置くだけ。

フルーツはジャングルになっているものを収穫するだけ。

トイレは木の側で用を足すだけ。

 

ただ自然に合わせるだけで、豊かに暮らすことが出来る。

 

ワシントン州のコミューンはもともと3人兄弟が始めたという。

 

彼らが暮らす森も作物が勝手になっており、耕す必要は無い。

 

森の中にアウトドア型のキッチン・ベッド・シャワーを置いて、

季節に応じて移動させたり工夫したり。

 

ここでは働く・遊ぶ・食べるが一体化しているのだと海さんは言う。

 

アウトドアベッドで寝た次の日は、起きた瞬間に空と太陽が視界に入る。

アウトドアシャワーでは夕日と一列になって飛ぶ鳥を見ながら体の疲れを癒す。

 

これ数日でいいから体験してみたくなってしまった。

 

食べ残しも排水も排泄物も一切ゴミにならない。

ゴミという概念が無いからだ。

 

面白かったのがトイレを活用して作物を育てること。

トイレを二つ作り(多分簡単なもの)その間に木を植えるだけ。

木が成長したら次の場所にトイレを移動するのだ。

 

なんて簡単で無駄がなく、合理的なんだろうか。

 

  • アーバン(都市)パーマカルチャー

 

海さんが東京へ移ったきっかけは311の原発事故だという。

 

この時彼は「都市の決定や政治の影響からは逃れられないことを実感した」とのこと。

 

どんなオーガニックライフを営んでいても隣で原発事故があったら台無しになるのだ。

 

都市の文化を変えること、が彼の課題となったようだ。

 

アーバンパーマカルチャーのモデルとしては、

最近日本でも人気のポートランドが紹介されていた。

 

ポートランドでは地域のコミュニティの力が強く、

行政のルールや姿勢までも変えてしまったこともあるという。

 

交差点の道路をペイントし、子供や大人が一緒に楽しく遊ぶ空間へと変える。

今ではそれは『シティ・リペア(都市を居心地よい場所へと直す)』の一環と認められているが、

もともとゲリラ行為からスタートしたのだそうだ。

 

公共の道路をペイントすることを行政は許可してくれず、

住民達はゲリラ的に、勝手にペイントしてしまったのだ。

しかし結果的に、人々が集い、車の速度が落ち、地域のムードも良くなった。

 

すると行政はペイントを許可するばかりか、推進するまでになった!

 

小さな女の子が両親と一緒に道路をペイントする。

彼女にとって地域の存在は一方的に与えられるものではなく、

自らが参加し、共に作るものになっていくのだ。

 

コミュニティが活性化し、構成員たちの繋がりも強くなり、外観も美しくなる。

 

いいことだらけ。

 

こうしたペイント行為は近隣住民の80%が納得すれば許可が降りるそうだ。

 

  • ポトラック・ランチ

 

お昼は持ち寄り。

参加者は2,30名いただろうか、各自が1品を持ってくるだけ。

 

ベジタリアンの方もいるので、基本野菜のプレート。

私は南瓜のスパイス炒めを作って行った。

 

料理はあまり上手くないので、食べてもらえるか不安だったが、

一気にそんなことはどうでもよくなった。

 

あんなに豪華でバラエティに富んだランチは久しぶりだった。

特に私が気に入ったのは、お蕎麦と三つ葉のパスタ風と長ネギの煮物。

 

手作りパンやキッシュ、リンゴ煮や人参のサラダなど、どれも美味しかった。

とても満足だった。

 

  • パーマカルチャーライフはとっても楽で楽しいのでは?

 

※午後は共感コミュニケーションというワークショップだったが、それは省略。

 

無理に節約したり我慢したりではなく、ただ身の回りにあるものを有効活用する。

 

パーマカルチャーってただそれだけの、とても簡単なことだ。

 

『トゥルー・コスト』で見た世界を反転させればいいだけ。

 

海さんのワークショップの後では、あの世界が嘘のようだが、私はそこに住んでいる。

 

わざわざ手間と時間を浪費して、

資源を無駄遣いし、自然を汚して、弱い人を酷使している世界だ。

かなり意外に、簡単に、世界は変わるのかも知れない。

 

自宅に帰って早速自家製のコンポストを作った。

 

材料は枯れ葉と土。それをミルフィーユ状に重ねていくだけ。

 

  • パーマカルチャーツアーがあるらしい

 

ワシントン州のコミューンに参加出来るのか、隙を見て海さんに聞いてみた。

 

すると、毎年西海岸ツアーをやっていて宿泊・生活できるとのこと!

直接連絡して行っても平気そうだ。

 

「あとはやるか、やらない言い訳考えるか、どっちかだね」

 

そう言われて私はもう8割方行く気になっている。

人をくすぐるのが上手い人だと思う。

 

  • ゆるふわでないラブ&ピース

全ての人が大事にされる社会とか、愛と平和に溢れた社会とかという表現は

具体的なイメージがしずらい。

 

海さんのワークショップはそこが最終目標ながらも、

誰にどんな恩恵benefitがあるのかとその過程を、科学的に明確に示してくれる。

 

思考され構築された講義で、面白くて楽しい。

 

これだけの内容にも関わらずドネーション(寄付)制。

最もコンセプトに触れて欲しい若者が来やすくなるようにという配慮だ。

 

もう少しお金あったら1万くらい投げ銭したかったけどな・・・。

こういう時はお金欲しくなる。

 

とてもお勧めです。

ワークショップに限らず、フェスや大学などで講義しているので、

それを聴くのも面白いと思う。