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スローに働いて、スローに遣う

労働から活動へ、消費から生産へ、利益から恩恵へ

自分の体から出たものを見て触る

 

20代迄自分が東南アジアや途上国へ出かけるなんて、

考えたことが無かった。

興味はあったし、バッパーも楽しそうだと思ったが、

自分には無理だと思っていた。

 

なぜなら、トイレに紙が無いから!

想像しただけでぞっとする、という状態だった。

 

しかしそれも一回やってみれば何とかなるものだ。

初めてがどこの国だったのかもう覚えていないが、

和式便所と大きな桶と汲みとり用の小さな桶。

何を思ったって紙は無いのだから仕方ない。

そう思って用を足したところ、

意外にも自然だった。

 

紙よりも綺麗に拭いたり洗ったり出来るし、

言わば手動式ウォシュレットだ。

 

タイ、ラオス、インドの田舎や村はほぼそんな感じだった。

 

しかし、インドの村で究極のトイレに出会ったことがある。

穴掘ってその廻りを布で囲っただけ。

穴が大きくて落ちたら怖かったので、

側で用を足して、シャベルで下に落としていた。

この時は水桶が無かったので、流石に紙を使っていた。

 

何だか今後どんな場所でも用が足せるような、

何かを乗り越えた気分になった(笑)

 

自分の体から出たものを間近にする、手で触る。

それはごくごく自然なことだ。

 

嫌悪感を感じるのは、未知の体験だからだろう。

もしくは、食べ物が関係するかも知れない。

良くないものを食べていると匂いが全く違うのだ。

 

同じくインドでは、

ヤギや羊のうんこがあちこちに散乱していたが、

ほとんど匂いが無かった。

山の木や葉など、完全にオーガニック食の彼らの糞は、臭わない。

 

食べるものと同じように、

出すものも気にしていくことはきっと大事なこと。

 

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