いまここに、あるもので

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MUST LISTEN: Pizzicato Five ピチカート・ファイブ

90年代半ばから後半、私は女子高生で、世は俗に言う『女子高生ブーム』だった。

 

今はおじいちゃんにしか見えない小室哲哉もそこそこ格好良く、

アムロちゃんやglobeのCDが百万単位で売れていた。

私もカラオケ用に彼の曲を聴いていたが、CDを購入する気にはとてもなれなかった。

 

 

「邦楽のCD買うなんてださい」という思い込みもあったし。

消費されるためだけにある音楽、という印象を持っていたから。

 

でも小室哲哉は凄い人なのだろうと思う。

大企業の倒産やリストラが段々と始まったり、社会が変わろうとしているのに、

システムは硬直的で、そこに浮遊した人々の倦怠や空虚を上手く掬い上げて、

感傷と刹那をミックスしたのだ。

 

アムロちゃんの"Sweet 19 Blues"は、醒め醒めだった私でさえきゅんとする歌だった。

 

「私なんか全然凄くない、19歳の女の子なのに」という、

アムロちゃん本人の戸惑いや孤独感が感じられるいい歌だと思った。

が、音楽雑誌の編集をしている知人(大分年上)は

「どうして19歳の女の子がこんなに切ない袋小路な歌を歌うんだろう」と思ったと言っていた。

 

20年近く経って、当時の流行曲を聴いても何の感慨も湧かないことに驚く。

 

小室ファミリー以外にも、

ミスチルスピッツマイラバイエモンなどなど、売れてた曲があって、

そんなに好きでなくても耳にはしていたのに、

「懐かしい」「今聴くといい」と思えるものがほとんど無いのだ。

 

ピチカート・ファイブを除いて。

 

  • ピチカートは大人文化

子供の頃ピチカートのジャケットは格好いいと思ったが、

曲ははっきり言ってよく分からなかった。

抑揚もないし、分かりやすい泣きメロも歌詞もない。

野宮真貴の魅力も分からなかった。

 

ファッション通信』で特集されているのを見た時は、宇宙人にしか見えなかった。

田舎の高校生だった私には分からなかった。

 

しかし20代後半くらいになって初めて"ロマンティーク96"を聴いたとき、

洗練、という語が音になって現れたような印象を受けた。

三島由紀夫の文章に触れているときと似ている。

 

だってこれだよ。

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日本語が日本語として聞こえて、これだけ美しく粋って凄い。

 

出来るだけ日本語に聞こえないように歌ったり、

もう粋とか艶は無視して偏差値20くらいの情動的な文章にするか。

2015年現在ラジオで流れてる曲ってその2パターンだと感じるので、

小西康陽の詞のセンスに本当に驚かされる。

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感傷も情動もなく、ただただ粋で艶やか、軽やか。

格好いい大人、と全く同じイメージ。

 

小西康陽の詞は、メロディに乗せなくとも美しいと思う。

朗読するだけで充分にその美しさが堪能できる。

 

  • センスが悪いところが無い

ジャケットにしても、ビデオにしても、野宮真貴にしても、

センスがいいというより、センスが悪いところが見つからない。

 

20年前、60sや70sがリバイバルしている頃に見てとてもお洒落だったが、

今まだその二回目の波が来ていない時期に見ると、

そのクオリティの高さがよく分かる。

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2000年代でも問題なし。

 

野宮真貴って山口小夜子に匹敵するアイコンなのでは。

誰といても何やってもスーパーフラット

  • パクっても問題なし。

ゴダールとかヘルムート・ニュートンとかのイメージをかなり頂いているのでは、

と思うのだが、問題ないと思う。

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理由はセンスがいいから。

 

エンブレムがあれだけ問題になったのは、似てる似てないの以前に、

素敵じゃなかったからだ。

 

完成度が高く美しければ、多分いくらぱくっても平気だ。

 

ピチカート・ファイブのジャケットは結構ぱくられていたと思う。

でもそのほとんどがとてもださかった。

 

センスの良し悪しって一体何によって決まるんだろか。

高い金出して雑誌に載ってる流行の服買うよりも

ピチカートブートレッグを一日眺めてるほうがずっと効果的だろうな。