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スローに働いて、スローに遣う

労働から活動へ、消費から生産へ、利益から恩恵へ

おじさんと専業主婦と不思議ちゃん

去年の今頃は都内まで2時間近くかけて通勤していた。

 

私はいつも女性専用者を使用しておりそこで、もしかしてこうなっていたかも知れないな、と思う女を何度か見かけた。

 

私が乗る電車よりも一本遅い女性専用車に乗っている女。

私よりも都心から離れた駅に住んでいて、

私よりも最低30分は早起きして支度をしているだろう、

私と同世代の女。

 

彼女は強烈だった。

明らかにブランドものの手触りの良さそうなコートはおそらくカシミアで、ベージュでファーが付いていた。

その中は薄着で少し派手だったが、

キャリアウーマンらしいフェミニンなトップスやスカートを身につけ、

ストッキングを履いて金の金具が付いている有名ブランドの靴を履いていた。

金のピアスをいくつもつけ、太眉ブームと逆行するかのように細くしっかり描かれた眉毛が、

融通が効かなそうな強情そうな雰囲気を醸していた(余計なお世話だな)。

瞼は金とグリーンが塗られていたが、アイシャドウの消費量は半端ないだろう。

どのくらいの頻度で化粧品を買っているのだろうと邪推してしまうくらいその色は濃かった。

 

強烈だったのは、その隙のないファッションやメイクでも、勝気そうな雰囲気でもない。

 

そこまで完璧に身支度をして美しく身なりを整えている彼女が、全く女性に見えなかったことだ。

冗談でも大袈裟でもなく、化粧をしているおじさんに見えた。

 

それは、「女の子だから」という理由だけで優しくしてくれるタイプのおじさんではない。

私が思春期の頃から「きっと一生分かり合うことはないだろうな」と感じてきた種類のおじさんだ。

 

自分の目で見たり何か感じたりすることがひどく面倒になり、

自分と違う価値観に触れたいとかユニークなものが別の世界にあるんじゃないかとか考えることも無い。

感覚と想像力が極端に退化した人。

 

一度彼女の隣に座ったことがあった。

彼女はいつも通りとても辛そうに眠っていた。

眉をひそめ両方の口はしを下げて腕組みをして寝ていた。

が、突如私の方を向き、一言も発さずに眉を寄せ、私の耳を人差し指で軽く叩いた。

すぐにIpodの音が漏れていることに気づき、音を下げ謝ろうとしたが、

その時にはもう彼女は窓側に顔を向けていた。

 

一言も発しなかった。一連の行為と表情が全てがおじさんで、驚くというより恐怖さえ感じた。

 

私がそのとき聞いていたのはトレイシー・チャップマンだった。

チャップマンは太いが透き通るような歌声をアコースティックギターに乗せる。

静かな雨の夜に似合う楽曲だ。

この人はそれをノイズとして認識するのだ、という驚きもあった。

(まあ寝てたらどんな曲でもうるさいし、これは私が悪い)

 

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ある朝、あと何日かで仕事が終わるという日の朝、

あまりにも会社に行くのが嫌で少し寝坊した。

いつも通り、朝食は摂らず、昨日履いた紺のパンツを履き、勿論メイクはせず、昨日床に置いたままのバッグを持って、家を出た。

きっと会社の人は私をいつも同じ服だと思っている筈だが、そんなことはどうでも良かった。

 

そしていつもより一本遅い女性専用者に乗った。

するとあのおじさんの彼女がいた。

彼女は私が立っているドアと反対側のドアに寄りかかり、そのまま眠っているのか目を瞑っていた。

 

彼女は今までで一番強烈だった。

その日彼女は何故か化粧をしていなかった。

眉毛もなく、あのきらきらしたシャドウも塗られておらず、でも肌はとても綺麗だった。

しかし同じ表情で、辛そうに目を瞑っていた。

その日彼女はおじさんには見えなかった。

 

老婆に見えた。疲れきった、病人の老婆だ。

頬は垂れ、心なしかおでこが後退しているように見えた。

私は目が離せなかった。

どうしてこんな状態になっている人が仕事に行くのか、誰か病院へ連れて行ってあげようと思わないのか、という思いと、

この人はどこまで耐え切るんだろうか、今後どうなるのだろうかという思いが交叉した。

 

哀れに思う気持ちとサディスティクな興味とが私の中にあった。

 

それきり彼女を見ていない。

仕事を辞めたら、一度あの電車に乗って彼女を含めた女性たちを観察し、

品川か大崎あたりでお茶でも飲もうという悪趣味で無意味なプランを考えていたが、

朝起きるのが面倒臭くなり、そうしている間に定期が切れたので結局していない。

 

彼女以外にも私は女性専用者に乗っているおじさんを見つけた。

黒縁の眼鏡をかけた長身で細身の女だ。

彼女がどこから乗ってくるのかは分からないが、品川に着く前にいることに気づく。

 

眼鏡の彼女はモードな雰囲気で小奇麗だった。

ショートカットでやはり綺麗に化粧をして、黒のパンツにショート丈のコートを着ており、全体的にシックな雰囲気だった。

しかし彼女も女性に見えなかった。

彼女は生真面目なおじさんに見えた。

 

二人とも30代前半か中ごろで、美人と言ってよい造作の持ち主だった。

でもとても消耗しているのが一目で分かった。

 

私は彼女たちの背景を想像し、自分がなり得なかったもう一つの自分と重ねた。

私が主体的に取らなかった選択肢であり、私には不可能だったライフスタイルそのもの。

 

学校を卒業し苦労して就職活動して優良とされる企業に入社することに成功し、努力を続けてきた。一度も会社を辞めたことなく、もしかうは考えたことはあっても思いとどまり、無職になるとかニートになるとかは考えられない。そうしているうちにポジションも上になり、責任も仕事量も増える。ここで負けてはとか自分以外にやる人がいないとか仕事とはそういうものと思って歯を食いしばって働く。バリキャリと言われる存在となり、後輩に嫌がられたり、上司に無理なことを言われたりしても、見ないようにする。というか見えなくなる。

 

きっと20代迄は美しく有能な女性だっただろう。

しかし日本の会社と社会でそのまま年齢を重ねることは難しい。

日本の会社と社会で上位のポジションに着くことは、誰にとってもきっとおじさんになることなのだ。男ではなくおじさんになることだ。

 

古市憲寿という社会学者が、内閣の女性官僚を「妖怪」と表現しているのを目にした。

彼も彼女たちを「おじさん」だと言っていた。

それは正しい知覚だと思う。

 

私は「おじさん」になる選択をしなかったことにほっとする。

でも部分的に「おじさん」になってるかも知れないと思う。

これからならないとも限らない。

そして一足先に「おじさん」になってしまった女性たちと友好関係を築けるだろうかと考える。

どうすれば彼女達と分かり合えるかを考える。

 

「おじさん」「専業主婦」「不思議ちゃん」

それ以外に30代の女性がなれるものはあるのだろうかと考える。

前者の二つは何とか日本社会でしがみつけそうだが、

3番目はいつまで飯を食えるのだろうかと考える。

私の位置はどうやらそこだからだ。

 

随分薹がたった不思議ちゃんだけどな。