いまここに、あるもので

労働から活動へ、消費から生産へ、利益から恩恵へ

不安と恐怖は「与えられたイメージ」から産まれる。だから実体がない。

 

自分より10歳以上若い人達と接すると、

昔の自分を外側から眺めているような気分になることがあります。

部分的に、ですけど。

 

昔は自分を内側からしか眺められなかった。

だから今の体験は新しく貴重です。

 

 

時折不思議な違和感に包まれることがあります。

彼女達が抱いている不安と恐怖を感じ取った時です。

 

瑞々しい彼女達が無邪気に話す合間に、ぽろぽろとこぼす。

「私はいわゆる"モテ"るタイプじゃないし・・。」

「周囲と一緒に就活することには疑問があるけど、何もせず卒業していいのかと思う」

ずっとその正体が分からずにいました。

 

最近、彼女達の不安と恐怖には顔がないことに気づきました。

曖昧模糊で、非常にぼんやりとしている。

 

例えば、雑誌やマスコミはいつもモテる女の子の雛形を設定します。

彼女達が東京や地方都市で最大限に人生を楽しんでいるかのようにストーリーを作成します。

 

でもそれは像(イメージ)に過ぎないんです。

芸能人や読者モデルの何とかちゃんは、仕事としてそうした役割を演じているに過ぎない。

一般人の女の子もそうしたイメージを模倣しているに過ぎない。

 

「美人の平均顔」みたいなものです。

誰かに良く似ているけど、誰でもなく、誰も見たことの無いもの。

ただのイメージ。

 

若い友人たちが比較対象にしているのはそれなんです。

 

彼女達は、そして私たちも

実体がないイメージと現実の自分とを比較して、不安や恐怖を感じている。

 

それは私達が「一方的にイメージを与えられること」が習慣になっているからです。

 

slowinputslowoutput.hatenablog.com

 

以前でも言及しましたが、現代日本人の90%が受けた教育は座学です。

実験や検証はほとんどせず、言葉とイメージを繰り返し繰り返し与えられる。

 

それを5歳くらいから10年以上続けてきた私たちは皆、

「与えられるイメージ」に慣れきっていて、非常に無防備で無抵抗なのです。

批判や疑問を感じる前に、イメージを信じ込んでしまうのですよ。

 

反対に、私が知っているシュタイナー教育を受けた女の子は、

イメージに惑わされる印象が皆無です。

 

興味深いことにシュタイナー教育が重要視しているものは「経験」。

「イメージ」と相反するものです。

 

そして「経験」とは「感じること」そのものなのだと私は確信しています。

 

音楽、旅、書物、人、動物、場所。

媒体に関わらず五感が刺激され、心が動かされること。

それを「経験」と呼ぶ。

 

経験は直感を磨いてくれます。

直感は今まで感じてきたことの答えなんです。

その時だけの気分じゃない。

 

直感こそが、重要な選択をするときに頼るべきものです。

 

そして、能動的にイメージして、与えられたイメージに対抗するんです。

 

「不安や恐怖は、過去や未来に固執しているときに生まれる」

と教えてくれたのはチベット僧でした。

過去の後悔も、未来への不安もイメージそのもの。

「現在に集中すれば、不安や恐怖に対処できる」。

 

能動的にイメージすることで、イメージによる不安と恐怖を絶つ。

 

チベット哲学は真理に満ちてます。