いまここに、あるもので

労働から活動へ、消費から生産へ、利益から恩恵へ

なぜ自己評価が低いのか? それは出来るだけ自信が付かないように教育されているから。

下の拙記事がちょくちょく読まれているようです。

 

 

承認欲求の強さは、自己評価の高さと反比例しています。

自分に自信が持てないから誰かに認めて欲しいという想いです。

アイデンティティが確立していない十代の人ならまだしも

成人男女の承認欲求が高いのはなぜでしょう。

どうして自己評価が低い人が多いのでしょう。

 

20代の友人達は与えられたイメージに苦しんでいると感じます。

でもそれは彼らだけじゃない。

かつては不惑と呼ばれた40歳前後の経済的には自立した男女ですら同じです。

 

◎ブログ『会社を辞めてこうなった』

 

http://ananweb.jp/column/sanfrancisco/25676/

 

このブログのライターさん(37歳)は人気雑誌での仕事を辞め、

40歳を前にして英語取得のために渡米します。

その決断はとても素晴らしいし勇気が要ること!。私は大賛成です。

 

なのに、他人からの些細な言動で彼女は劣等感にさいなまれ続けるのです。

例えばこの回。

高校生と一緒に授業を受ける彼女に向かって、無神経な老婆が一言。

「貴方、子供も産まずに何してるの?!」

その一言が彼女を激しく動揺させる。

 

"It is not your business, bi*ch, this is my life!"

(ばばあお前に関係ねーだろ! 私の人生なんだから)

と言えたらどんなに気持ちよいでしょうね。でも言えない。

 

優秀なキャリアウーマンから、一瞬にして思春期の不安な女の子に戻ってしまうんです。

 

そしてつい先日、私の知人女性が自身の自己評価の低さを吐露していました。

とても辛そうでした。

彼女に対して穏やかで安定した女性という印象しか持っていなかったので、とても驚きました。

 

◎自己評価の低い人間を作るにはどうしたらいいか。

 

私達はみんな、出来るだけ自信が付かないように教育されているのではないだろうか。

その問いが頭に浮かびました。

 

自己評価の低い人間はどうしたら出来るでしょうか。

一方的に成功と正解のイメージを与え、それ以外は否定し続ける。

ではないでしょうか。

学校でも会社でも社会でも、ひたすらイメージが与えられ続けています。

 

昔の40歳が不惑と呼ばれたのは、

イメージ浴びる機会が今より圧倒的に少なかったからでしょう。

 

 


この記事を書いたのも40歳前後の女性です。

 

産めよ増やせよ働け育てよ家事せよ介護せよ」

これらのイメージを鵜呑みにすると、寝食の時間も取れなくなってしまいます。

 

もっと怖いのは、忙しすぎて視野が狭くなり、寛容さがなくなり、更に煽りに弱くなること。

つまり自己評価がもっと低下するんです。

 

完全な女性に近づくほどに満たされなくなる。

何かの末期中毒みたいです。

 

拙ブログ『承認欲求とドロップアウト』は未熟ながらなかなかいい視点だと思います。

完全さを放棄することで、自己評価の罠から自由になれるかも知れません。

 

自己評価が低いのは本人の弱さや能力の低さとはそれほど関係ないと思います。

教育、習慣、環境など外的要因の賜物です。

だから気にする必要もありません。

 

何より、自己評価が低い人間は、モノを売りたい側にとって、理想的なお客様です。