いまここに、あるもので

わざわざ要らないものを遠くから持ってくることないよね

マネーと共に生きる その2 「愛はお金で買えない」と思っている人に足りない視点

愛はお金で買えます。

倫理的、法的には間違っているかも知れませんが、

経済学的に思考すると可能です。

 

買いたい人(需要)と売りたい人(供給)がいて、

両者の欲望が一致すれば、

どんなモノでも売買は可能です。

 

愛を買いたい人と愛を売りたい人がいて、

両者の間で契約が成立すれば、

そこで市場が生まれる、それだけのことです。

 

億万長者の奥さんは、趣味のいい悪い別にして、95%が美人です。

別にいいと思います。

 

しかし買いたい人(需要)、売りたい人(供給)どちらかが欠けている場合、

市場は生まれません。

 

買いたい人(需要)が居ない、という状況は考えにくい。

うんこだって購入したい人がいます。

他人から見たらゴミでも欲しがる人は居ます。

 

売りたい人(供給)が居ない、という状況はありえます。

 

お金で買えないモノは、無いものです。

存在しないモノ。

 

存在しないから、売ることが出来ず、買うことが出来ない。

 

例えば、

ルー・リードの新譜、緒方拳主演の新作映画のチケットなど。

・デッドストックの何か、もう生産していないもの

・絶滅した動植物

・枯渇した資源

 

もし鳥インフルエンザで世界中の鶏が始末され、地球から一羽も居なくなったら、

鶏卵は500円出しても、100万円出しても、1億円出しても、買えない。

(代わりの鳥の卵はあるかもですが)

 

お金よりも大事なのは、愛ではなく資源です。

 

「お金で愛は買えない」という人は、

お金は無限だけど、資源は有限』という視点が欠けています。

 

現時点で、お金は無尽蔵に作られています。

ねずみ講のようにお金がお金を生み、増殖しています。

 

そうした世界にいると、資源も無限であるかのような錯覚に陥ります。

マネーの動きに全てが連動するような錯覚です。

 

永遠に綺麗で居続けようとする美魔女と呼ばれるおばさん達。

永遠に経済成長を続けようとする困ったおじさん達。

"Forever 21(永遠に21歳、青春でいよう)"という名のファッションメーカー。

 

彼らはマネーを模倣しているようにも見えます。

 

もしマネーの供給量が有限だったら、どうなるでしょう。

一年に国が発行してよい上限が決まっていたら。。。?

 

地球にあるお金の総量は、一説によれば17京円を超えるらしいです。

それは地球の価格でもあります。

 

マネーが増えるほど、地球の値段は上がっていきます。

そしてマネーの価値は下がって生きます。