いまここに、あるもので

わざわざ要らないものを遠くから持ってくることないよね

キリストも仏陀も暇人だった

何もないけれど、豊かな時間と空間

GWが始まりました。

今日はずっと楽しみにしていた予定があったのですが、私はキャンセルに。

朝から心身共に優れず、家の中と庭を往復して過ごしました。

 

 

さやいんげんとソラマメの花に、今日も蜜蜂が沢山きてくれました。

(刺されるのが怖いので接近できず)

近くに植えたボリジとゼラニウムが蜜蜂を誘ってくれる。

 

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(蜘蛛がラブラブファイアーしていたのですが、小さすぎて撮れず)

 

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(ソラマメベイビー)

 

花びらにせっせともぐりこむ蜜蜂。

いつのまにか巣をはる小さな蜘蛛。

もっと小さなしゃくとり虫。

体がもふもふしたよく分からない蜂もどきの虫。

 

花をつける植物は、沢山の仲間を呼んでくれます。

小さなコミュニティが出来上がる。

 

てんとう虫とかまきりももうすぐ仲間入りするでしょう。

あとはすずめばちも・・・!

これは来て欲しくないので、庇などにせっせとミントスプレーを施しています。

(ただの気休めかも知れませんが)

 

何もない時間と空間に身をおくと、驚くべき細部に出会うことが出来ます。

智慧をさずけてくれる、重要な細部です。

 

キリストも仏陀も暇人だった

 

現代社会で生産的ではないと思われている時間。

キリストも仏陀もそうした時間を過ごしていたと思われます。

 

キリストは荒野に出向き、(内なる)悪魔と戦います。

仏陀は木の下で瞑想を続けます。

 

彼らは暇人でした。

物理的な『無』である時間と空間を意識的に確保していたのだと思います。

それが重要だからです。

 

もし彼らがブラック企業で働き、寝る時間もほとんどなかったら。

分刻みのスケジュールに追われた実業家だったら。

1000年後も人々に影響をもたらすような思想や哲学を残せたでしょうか。

 

 管理の隙間から創造が生まれる

 

 最近数人の主婦の方と知り合うことがあり、違和感がありました。

 

それは彼女たちが時間と空間をひっきりなしに埋めようとしている、

または埋め尽くされていて身動きが出来ない、

ように感じたからです。

 

どちらも本人がコントロールしていることではなく、

別の何かにさせられているように感じました。

 

ご飯の用意、子供の世話、隙間をぬってバイト。

睡眠時間は2,3時間という方もいました。

 

そこまで忙しくしているのに、どこか充実感が伝わってこない。

 

皆さん、真面目に物事を考えているいい感じの方です。

家族のことを考えて最善を尽くそうとしているのは伝わってきます。

 

でも、その『最善』がメディアが喧伝する文脈にあまりにも寄り沿いすぎているような。

 

昔の主婦(私の母とその周り)はもっといい加減だったと思います。

彼女たちは今の主婦たちよりも、ずっと少ない情報とイメージしか浴びてなかったから。

 

子供の塾と習い事の送り迎えや用意に一日を費やす方もいるようです。

 

徹底的に管理された子供。管理して自分もされる親。

そこから想像性と創造性は生まれません。

 

私は通学途中、通勤ラッシュが嫌いでしょうがなく、よく夢想していました。

その間は完全に管理されない、私だけの時間と空間でした。

超自由空間でした。

 

爆音で「New Adventures in Hi-Fi」を聴くと、

窓の外の景色も車内の景色も、全く違う世界に見えました。

 

New adventures in hi-fi (1996)

New adventures in hi-fi (1996)

 

 

まるで白黒が反転したかのように。

 

そのときの不思議な感覚が、絵を描いたり、文章を描いたりすることの元となり、

私は色々な場所や知識へ連れて行ってくれました。

現在の私を作ってくれました。

 

隙間に眠る細部。

それを見つけるには誰にも邪魔されない時間と空間が必要です。

 

 

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