いまここに、あるもので

労働から活動へ、消費から生産へ、利益から恩恵へ

若さに対して敬意を払う必要性

経験に対するように、直感と感覚に対して敬意を払う

 

自分より若い人達に対して、怖がらせる・脅すという接し方しか知らない人は沢山います。

 

 

親や年長者にずっとそうされてきて、それ以外の方法が分からないのでしょう。

 

 年長者に対して払う敬意の根拠はなんでしょう。

知識、経験など、長らく生きないと手に入れられないものです。

 

それと同じように、若者に対して払う敬意の根拠を考えてみます。

偏見の無さ、直観力、感受性の豊かさ。

人生が短いからこそ持つことが出来るものです。

 

しかし

「昔は俺もそうだった」

「私も同じ道を通った」

 と言って若さに敬意を払わない人達が存在します。

 

『自分たちが無くしてしまったもの』の価値を認めることが出来ない人たちです。

むしろ価値が無いから無くしたと思っているかも知れません。

若さを未熟さとしか解釈出来ないことは貧しいことです。

 

私が最近注目している人に、トーマス・セドラチェクというチェコの経済学者がいます。

統計学や数学ではなく、神学や哲学を使って経済学を論ずるユニークな人です。

 

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パブでビール飲んでそうな気楽さも素敵。

 

この人は何と24歳でチェコ大統領のアドバイザーになりました!

彼も凄いと思いますが、私は抜擢した大統領の方が凄いと思います。

 

「なぜ自分のような青二才を選んだのか」というセドラチェクの問いに、

「それこそが必要なんだ」と大統領は応えたそうです。

 

これぞ、一国を管理する人の器だなと思います。

 

それに比べて・・・と悪口はやめます。

 

若い人たちを見ていると気づくことが多い

 

彼らと接しているとき、私は昔の自分を外側から見ています。

昔は内側からしか見られなかった自分を。

 

だからあの時違和感を持ったのか。

だからあの時頭に来たのか。

だからあの時納得したのか。

20年前の疑問とその答えが透けて見えます。

 

そして、彼らはいつも社会をいくばくか反映しています。

彼らが受けた教育(主に親と学校の価値観)を反映しています。

 

 

援助交際する女子高生は、社会に反抗などしていない。

 むしろ、金とブランドものにしか価値を認めていない日本社会を反映している。」

と言った村上龍の言葉をよく思い出します。

 

自分がいかに旧式かを知ることが出来る

 

私は年上の人達を旧いと思うことがよくあります。

主にバブリーだなーと。

 

同じように、若い人と接してると自分が旧くてバブリーだなと感じます。

消費に対する執着もその理由の一つです。

 


前述したセドラチェク先生のトークや本を読んだ後、

スティグリッツ先生やウォール街のエリート達のトークを聞くと

やだーなんか超ふるーい!!! ちょっとださいな。

 と感じます。(この言い方が旧いかも)

 

スティグリッツ先生は『モノが売れ続ける(=皆なモノを欲しがる)社会』を

前提に議論します。

ウォール街のエリートは、いまだに大金儲けてスポーツカーとか買っちゃうんですよ。

やだーださい。

 

セドラチェク先生は、バックパック一個でどこでも行きます。

「手に持てるもの以外は持たないんだ。禅僧と一緒だよ」

スタイリッシュです。熊さんみたいな外見ですが。

しかし妻帯者だったのが面白くないです。

 

そのやだーださいを自分自身にすんなり感じるんです。

20年遅く産まれてたら私はどうなってたんだろ、と考えるのも楽しい。

 

経験と知識に関する問いは年配者に、

直感と哲学を必要とする問いは若者に尋ねる

 

 

それがお勧めです。

 

特に哲学的な問いは幼稚園児くらいに聞けばよいでしょうね。

 

 

敬意を示して欲しかったらまずは自分から

 

老若男女、国籍人種関係ないですが、

敬意が欲しければまずは自分から示さないといけません。

 

歳食ってるだけで偉そうな奴に払う敬意は私にはありません。

その分うちのわんこたちと姪っ子に払います。

 

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