スローに働いて、スローに遣う

労働から活動へ、消費から生産へ、利益から恩恵へ

核家族は、家族がばらばらになりやすい形態

TEDでも知られる植松努さんの言葉が的を得すぎ

以下、一部抜粋です。

 

消費型社会の売り上げを増やすのは簡単です。
(1)わざと壊れるモノをつくる。
(2)家族や仲間をばらばらにする。(世帯数を極限に増やす)
(3)不安やコンプレックスをあおる。自信を売る。
(4)無能にする。自分には何もできないと思い込ませる

 

 

個人とコミュニティを無力化すれば、お金に依存せざるを得なくなります。

 

植松さんは私も最近知りましたが、

分かりやすい言葉で、本質的な発言をされる方だと感じました。

なおかつ地に足の着いた優しさを感じます。

(風貌もゆるキャラっぽくて和みます)

 

特に

(2)家族や仲間をばらばらにする。(世帯数を極限に増やす)

 は私が最近感じていたことに近かったので、

リンクした気分でした。

 

構成員がばらばらになりやすい核家族のあり方

 

私自身が育った家族を例に考えて見ます。

 

父と母、二人の子供の4人暮らし。

父は週5日会社へ行きます。

母は週5日家に残るかパートに行きます。

子供二人は週5日それぞれの学校へ行きます。

 

そして、全く交わらない経験に時間を費やすんです。

 

私は数年間女子校に通いましたが、

閉鎖病棟or隔離病棟みたいなところでした。

 

でも、父も母も姉も同じようなものです。

会社はおじさん達の隔離病棟、パート先や近所の集まりはおばさん達の隔離病棟、

学校も偏差値の高低が違うくらいで基本的に閉鎖的です。

 

夕方そこから帰宅してご飯なんか食べたって、話すことはありません。

時間も空間も共有していないんですから。

 

思春期の女の子達が父親を避けるのは、

それが大きく関係していると思います。

 

例えば、一家で漁師をしていた昔の日本の家族を考えてみます。

父親は充分に経験のある漁師で、

家族はそれを手伝います。

 

両親が働いているのを、子供は小さい頃から見ることが出来ます。

自然と遣り方を覚え、尊敬の念も出てきます。

一家だけでは漁は出来ないので、

他の家族と協力して、そこから嫁や婿を取ることもある。

 

時間と空間を共有しているので、ばらばらになることがありません。

 

昔に戻ればいいとは思わない

 

比較のために昔の家族のあり方を思考しただけで、

そこに戻るべきとは思いません。

 

核家族は工業化されたかたちである、その認識が大事だと思うのです。

 

農業・畜産なども工業化されています。(工場型で大量生産する方法)

それと同じように家族も工業化されているのだと思います。

 

CMや広告では、核家族はきらきらしたものとして描かれることが多いです。

単身世帯もそうです。

 

核家族で住む住宅や彼らが使う車、

新入社員や新入生の部屋探しなど。

『自立』のイメージと共に輝かしいものとして描かれます。

旧いですが『一国一城の主』とかもそう。

 

もっと何となく、でよい

 

私は核家族を作ること(母の役割)に興味がないのですが、

一緒に生活する人や家族とは繋がっていたいと思っています。

 

今考えている理想は、

実家とシェアハウスを行き来しながら、

何となくどちらにも所属して暮らす。

 

そのうち実家が空いてきたら、

友達か誰かを住まわせて、

何となくみんなで暮らす。

 

急には無理でしょうが、少しずつそういう形態に持っていけたらいいです。

 

老人は余剰資源

 

日本社会が迎える少子高齢化は、未知のものだし怖いことも沢山あります。

うちの両親も怯えているのが分かります。

近所の銭湯で出会ったおばあちゃん達も怖がっているのが分かりました。

 

でも全く老人がいない社会も困ります。

経験が浅い人、血の気が多い人ばかりの社会もいいものではありません。

 

老人はある意味余剰資源です。

余っているものはどうしても軽視されがちです。

余剰資源が持っている利点がスルーされてしまうのです。

 

空家もそうです。

でもそのお陰で家賃はとても下がっています。

アメリカ西海岸(サンフランシスコやサンディエゴ)は、

ここ十数年で10倍近くに上がっているところもあります。

 

両親含む老人達が、

老人ホームに行ってぼけてしまうことなく、

もっと活用出来たらいいと思います。

 

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