いまここに、あるもので

わざわざ要らないものを遠くから持ってくる必要ない

気が滅入るほど醜い日本の住宅街が生まれる背景

 

30年の住宅ローンを組む」ことがいつから普遍的になったのだろうとふと思った。

  

私の父(戦中生まれ)は代々東京下町の人間で、高度成長期まで家族で借家住まいだった。対して母(戦後生まれ)は地方出身者で代々田舎の家を継いで暮らしていた。当時前者は都会、後者は田舎の典型的な住宅事情だろう。

 

住宅ローンの歴史は短く、ここ5,60年だ

しかしいつの間にか「家を出て自分の家を購入する」ことが疑いようのない善とされてきてしまった。

 

私は6歳の頃から通勤電車に乗って通学していたのだけれど、電車の窓から見える景色が大嫌いだった。特に京浜東北線の大船から根岸までに車窓から見える景色は醜く気持ちが暗くなった。この景色の一部になりたくないと思いながら眺めていた。

 

大学があった西東京の景色も苦手だった。西武新宿線や中央線から見える景色を「桐野夏生の小説の舞台のようだ」と感じた。

貧弱な材質を使った暗い色の住宅がぎゅうぎゅうに、景観を無視して並んでいる姿は通勤ラッシュにそっくりだった。

 

そうした場所のほとんどは新興住宅地だ。代々受け継がれた場所ではない。鉄道会社や不動産会社が土地を均して、自分たちが売りたい家をぎゅうぎゅうに建てて、「現代的で幸福な家族」のイメージとともに売る。

 

桐野夏生の著作『OUT』では、そうした家を購入した家族の末路が描かれている。彼ら3人家族は自分たちが望むような家、自分たちに合うような家族生活を模索しない。企業が提唱する「理想の家」のイメージを買ってそれに自分たちを合わせようとして、失敗する。

 

それが90年代の家族の一つの在り方だったように思う。遅かれ少なかれ家族のふりが継続出来なくなる。『OUT』の家族は早々と破綻したが、10年、20年経過して綻びを迎える家族もある。ここ数年ニュースに出てくる家族、同居しながらもコミュニケーションがほとんどなく、無職の息子を殺したり殺されたりしているのはその世代のだ。団塊世代の親と90年代に10代を過ごした子供の家庭だ。

 

高度成長期から90年代までの間、そして今もずっと住宅は作られ過ぎ、売られ過ぎている。各核家族に一つの住宅なんて必要ないのに。だから今都心でも空き家が増え続けている。

 

各家庭が家を持つのはよいこと、という前提のもとに狭くて低品質な家を割高な価格で売ることがまかり通っている。何世代かで受け継ぐという前提であれば、もっと広くて高品質な家を割安で買えるだろうに。

 

ただ売れるからという理由で大量に建築される安っぽい住宅(一戸建て・マンション)が日本の景観を醜くしている。その光景は「とにかく金になれば何でもいい。美しいものなど要らない」と全身で言っている。

 

私のブラジル人の友人は「日本の景観を見ると気持ちが暗くなって自殺したくなる」と言っていた。

 

私は19歳で初めて海外旅行に行った。Velvet Undergroundを聴きながらロンドンの町を歩いた私はやっとこの音楽が似合う場所にたどり着いたと感じた。渋谷や多摩川田園都市線から見える景色とVelvetsは全く相性が良くなかった。

 

高度成長期から今まで何十年も、不要な住宅が大量に作られ、景観と住む人々の心を荒ましてる。

 

住宅費と教育費は実は一番不要な費用だと思う。